銀河疾風サスライガー創作ストーリー

『悲しみは時の流れに」

「なぁ、ブルース一杯やらねぇか」

最初にそう声をかけたのはロックだった。ラーナ星でトライを決めた後、すぐにニュース速報で流れたトップモデルのステファニア・バルドンヌの死。行方がわからなかっただけにまだどこかで生きていると信じていたブルースの顔が強張った一瞬だった。

冷静かつ何事にも物怖じしないブルースの目が見開く。暗闇に落とされてこの上ない悲しみの海に沈んでしまったようだ。そのまま息が途絶えるかのように動かない姿を見て暫くＪ９Ⅲ号の中は音がなくなってしまったかのごとく静まり返った。

ステファニアはブルースにとって大切な存在だったのはブルースが話さなくても皆わかっていた。声を掛けようにも何を言って良いのかわからない。しかし何か声を掛けないといけない義務感が襲う。それでもブルースの悲しみの表情は回りに声の出し方を忘れさせてしまう程であった。

覚悟を決めたようにブルースの側に近寄り、肩に手を置いてロックが声を掛けたときは皆息を止めて固唾を飲んだ。

ブルースはロックの顔をみて、そして周りが自分に注目しているのを知ると空気を一瞬にして読む。我に返った瞬間でもあった。

「いや、少し休んでくるとしよう」

メガネを押さえ位置を整えるブルース。そして自分の部屋へと姿を消していった。

「ブルース、かなり落ち込んじゃってるわね」
バーディが言った。

「仕方ないぜ、なんか訳アリの女だったって感じがするしな」
ロックが続けた。

「それにブルースのことだ。彼女の死は自分の責任だと思ってるんじゃないのか。ここはそっとしてやるのが一番じゃないかな」
ビートが言った。

「あたし、とびっきり美味しいご飯作るね。少しでも元気を出してもらわなくっちゃ。ねぇ、ジミー」
「あっ、それいいかもスージー。僕も手伝うよ」

ジミーとスージーがキッチンへと行った。

ブルースはジャケットを脱ぎ捨て、スカーフをひったくり、ネクタイを緩め部屋のベッドに横たわった。窓からは無数の星々が見えた。

「ステファニア・・・」

そう呟くと無数の星々は瞬く間に焦点の合わないぼんやりとした光に変わった。メガネをはずし目頭を押さえ、適当に側にあった台にメガネを放り投げ暫く目を閉じるブルース。脳裏には子供の時に出会ったかわいい姿のステファニアが浮かんでいた。

初めてステファニアを見たのはパーティ会場。金持ちや貴族が集まりそこにステファニアも母親と来ていた。大人だけが楽しそうにしている中、子供には退屈で仕方がない集まりでしかなかった。

ブルースはそのパーティを抜け出そうとそっと親の目を盗みながら後ろ向きに歩いていたときに同じように抜け出そうとしていたステファニアとぶつかってしまった。お互い目が会うと恥ずかしくて顔が赤くなるのがわかった。ステファニアの可憐さに言葉を忘れたブルースはぶつかって謝ることも忘れてしまった。

「もしかしてあなたも抜け出そうとしていたの？」
ステファニアが切り出す。

「えっ、あっ、あー」
しどろもどろのブルースの返事を聞くや否やステファニアはブルースの手をとっていい抜け道をしっているのと言わんばかりにウインクして強く引っ張った。

引っ張られるままにブルースはステファニアの後を走る。ついたところは湖のほとりだった。

「私、ステファニアよ。あなたは？」
「ブルース」
「あなたがブルースなの。ＩＱが高くてこの辺じゃ噂になってるわ」

ブルースの噂はその辺りでは有名だった。頭がよくて金持ちで貴族ときている。知らない訳がない。

かわいく微笑むステファニアを前にただ顔を赤らめるブルース。ブルースもステファニアのことを知らない訳ではなかった。とてもかわいいお嬢さんが居ると同じ年頃の男どもの間では有名な話だった。

それから二人はよく会うようになった。親もそれは公認しているほど二人はお似合いのカップルに見えた。

何度かデートを重ねるが、ブルースが手も握らないのでステファニアはヤキモキしていた。目を瞑ってキスを催促したその日、ブルースは戸惑いながら覚悟を決めて勢いでステファニアの額にキスをした。

子ども扱いされていると思ったステファニアだったが、初めてのブルースからのキスはやはり嬉しくにこっと首を斜めに傾けて下から見上げるように恥ずかしげに微笑んだ。ブルースも手で頭を押さえて笑いながらも落ち着かない様子であった。そんな二人は惹かれあっているのが良くわかった。

そして湖でボートに乗ってデートしていたあの日、ボートが杭にぶつかり揺れた弾みでブルースにしがみつくようにステファニアはブルースの胸の中に納まっていた。顔を上げたときブルースの顔が近づきすぎて頬が赤く染まったステファニア。暫く見つめて自然と目を閉じたが、以前のようなキスはもういやというばかりに自然に声が出ていた。

「子ども扱いのキスは嫌」

その言葉を聞いてブルースはステファニアの唇に自分の唇を重ねる。本当はずっと前からそうしたかったが勇気がなかっただけだった。

「私ブルースが大好きよ。大人になったら私、私ね・・・」

そういいかけたステファニア、ブルースが真剣に耳を傾けていたそのとき、さほど遠くない距離からボートに乗った男に声を掛けられた。

「おーい。大丈夫かい。オール流されたみたいだな。こっちに乗れ」

二人はいいところを邪魔されたかのような顔をしたが、お互いその顔がおかしくて笑わずにはいられなかった。その男に助けてもらったお陰でまた再び陸に戻ることができたのは感謝すべきことだった。

さっきのステファニアの話の続きと言わんばかりに今度はブルースが話した。

「ステファニア、僕達が大人になったら・・・例えどこにいようとも僕は必ず君を探し出して君の好きなレイジームーンの花束をもって君に・・・」

そういいかけたときステファニアはブルースの唇を軽く押さえた。

「今いっちゃダメ。だからそのときに必ず教えて。私楽しみにしている。ブルースをいつまでも待ってるから」

そしてステファニアは親がこさえてしまった借金のために住み慣れた土地を離れなければならなかった。それは突然に、行く先も告げずさよならの挨拶も交わせず永遠の別れのように二人は引き裂かれるようだった。

ステファニアの行方を捜したくても探しようがなかったまだ子供で無力だったブルース。いつか大人になって探し出すつもりでもあったが、時が経つにつれ子供時代が幻のように感じるようになってしまった。そんな思いも心の隅に追いやられもう自分のことは忘れられたのかもとさえ勝手に思い込むようになっていた。

ラーナ星でステファニアの名前を聞いて一瞬にして過去が蘇り頭で考えるよりも体が勝手に動いて彼女を追い求めてしまった。今また会えるかもしれないチャンス。このチャンスを逃してなるものかという思いと会いたいずっと会いたかったと募る思いは我を忘れ気がつけば車を運転していた。

ステファニアとブルースの再会。彼女はブルースに会えて嬉しいはずなのに心苦しさも備えていた。それはブルースも同じことだった。彼女が抱えてきた悲しみと絶望はブルースの想像を遥かに超えていた。力に慣れなかった罪悪感もまたブルースを責め立てる。

二人が求めていたもの。それは子供時代に築いたお互いの心のつながり。時の流れを埋めるためステファニアには抱いてというしかなかった。しっかりとそれに答えるブルース。体を重ねることによって一時の安らぎを得る。時間が止まれば良いほどに二人は今までの思いをぶつけ合う。もう離さないそんな思いでブルースは強く抱くのであった。

しかし安全のためによかれと出したブルースの判断が彼女を失うことに繋がった。あの屋敷に居れば安全なはずだった。しかし予想もつかない戦闘の流れ弾で屋敷は破壊されてしまう。ステファニアはその爆風で吹き飛ばされて崖から湖に落ちてしまった。

どれくらい時間がたっただろうか。ブルースの部屋は薄暗く、全ての音は吸収されるかのように何も聞こえない。それはまるで闇だった。しかしなぜか自分の名を呼ぶ彼女の声を突然静けさの中で聞く。辺りを見るブルース。ステファニアの姿がそこにあった。

「ブルース、あなたに会えて幸せだった。あなたと別れたあの日からの苦しみはもう解き放たれたのよ。だから悲しまないで。あなたはちゃんと約束を果たしてくれたわ。私に会いにきてくれた。それだけで充分。これでよかったの。これで・・・」

ブルースが彼女に触れようと手を伸ばしたとき彼女は消えた。

「ステファニア」

そう叫んだとき意識がはっきりした。夢から覚めたのだった。

窓からは相変わらず無数の星々が見える。暗闇の中しっかりとした輝きで煌いてる。その煌きはステファニアの心の輝きにも見えるようだった。ステファニアの死を受け入れるのはまだまだ苦しいブルース。しかし悲しんだからといって彼女が戻ってこないのも良くわかっていた。それなら前を向くしかない。その悲しみもいつかは和らぐことも確かだと、時が解決してくれるならそのときを待つしかない。

ブルースはベッドから立ち上がり、またメガネを掛けて部屋のドアを開けた。そして皆が居るところへと歩き出した。一歩一歩近づくごとにみんなの声がはっきりと耳に入る。

「いやだ、ビートさん、それはブルースさんのよ。つまみ食いしちゃだめ！」
「いいじゃんかスージー、これくらい。たくさんあんだからよ」
スージとビートの声がする。

「あら、ビートちゃん、気がきかないのね。そういう男は女にもてないのよ」
バーディがそういうとロックが後を続ける。
「そうそう、そういう男はもてないんだよねぇ」

「そこまでいうか。お二人さん。あーあー世も末だね」
ビートがあきれている。

「そろそろブルースさんを呼んできたほうがいいんじゃないか。でも食欲あるかな」
ジミーが心配そうにいうと一瞬みんなの声が静まった。

食事も自分のために作ってくれて、皆が心配しているその声はブルースにはよく伝わった。目を瞑りながら一度大きく息を吐いたブルース。そしてドアを開けた。

「ああ、お腹がすいたよ。うまそうなにおいだ」

ブルースが静かに席につくと、嬉しそうに皆微笑んだ。

「よっ、ブルース。一杯いくだろ？」
またロックが酒を勧める。

「ああ、マティーニでももらおうか」

「えっ、マタニティ？」
ビートが態ととぼけた。

「バーカ、ビート。そんな酒あるか」
ロックがわかってながら軽くビートの頭を小突いた。

再び笑い声がＪ９Ⅲ号の中に響き渡る。ブルースの顔も微笑んでいた。

「さあ、次の星へトライといこうか、諸君」
ブルースが声を上げると皆はお決まりのように指を立てて『イエーイ』と叫ぶのであった。

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