salt candy

初めて口にしたソルト・キャンディは、涙よりしょっぱかった―。

 ブルース・カール・バーンステインは2889年、イギリスの由緒正しい貴族の次男として、この世に生を受けた。
 バーンステイン家は、2000年余りの昔から栄えている公爵家で、ブルースは威厳のある父とやさしい母と理解のある兄・ヘルムート、そして働き者の使用 人に囲まれて、何不自由なく暮らしている。
 幼い頃から頭がいいが、体力についていけないところがあって、いつも自邸の書斎で本を読むことが多かった。そのため、あらゆる知識には長けていた。
 弱冠6歳にして高校卒業程度の学力を身につけ、7歳にして大学入学資格を獲得し、一躍にして太陽系中の注目を集めた。だが、大学に入学してから間もない 頃に、最初の挫折を味わった。
 自分より一回りも二回りも年上の学生が多く、話題がついていけなけば、つきあう機会はなく、ただ1人で過ごすことが多かった。世間から羨望と嫉妬の眼差 しを一身に受けたため、彼の心身は強いストレスに蝕まれ、1年後に重い心臓神経症を患い、一時は生死の境をさまよった。
 父親の計らいによって休学したブルースは、療養のためにイエロー惑星海ラーナ星のビクトール地方にある別荘に移った。その時に出会ったのが、ステファニ アだった。
 彼女は、バルドンヌ公爵家の令嬢だった。長いハニーブロンドの髪、澄んだ湖水のような青い瞳、赤みが残る肌、花のような笑顔を浮かべ、小鳥のような澄ん だ声で彼を呼び、小鹿のように大地を軽やかに駆けてきた。
 彼女と出会ってから、ブルースは次第に元気を取りもどし、故郷にもどった後でも夏休みやクリスマスなどのまとまった休日にはよく会うことが多くなった。
 それから年月が経ち、ブルースはステファニアを異性として意識するきっかけになる出来事が起きた。
 ベルナー湖でボートを漕いでいた時、ステファニアが畔に白いレージームーンの花を見かけ、ブルースがそれを採ろうと進路を変更しようとしたその時、ボー ドが止まり木に当たり、その拍子でステファニアが転覆しそうになった。
 ブルースはとっさに彼女に抱き止めた。一瞬、鼓動が早まり、顔が赤くなった。
 ステファニアは目を閉じて、唇を突き出した。
 ブルースが彼女の額に口づけをしようとした。その時、彼女が首を横に振って、
「子ども扱いのキスはいや…」
 2人は唇を合わせた。それが2人にとって生涯忘れることができないファーストキッスだった。
 ステファニアの胸が膨らみはじめ、ブルースの声も低くなりつつあった。
 このまま2人で大人への階段をゆっくりと上がっていきたいと。
 そんな2人の仲を引き裂く出来事が起きたのは、それから1ヵ月後だった。
 バルドンヌ公爵家が多額の負債を抱え込んだまま、自己破産した。自邸は競売にかけられ、一家は夜逃げ同然に故郷を離れた。
 人々の噂話を耳にしたブルースは、馬を走らせて、走り去る列車を追いかけた。
 列車にステファニアの姿を見かけると、ブルースは名前を叫んだ。しかし、その叫びは去り行く彼女のもとには届かず、遂には涙を浮かべてしまった。その時 に流した彼の涙は、ソルト・キャンディのようにしょっぱかった。

 それからブルースは大学を復学した。彼女を手にしなかった無力さと悔しさが、彼を勉学に向けさせるきっかけとなり、やがてその努力が実って、弱冠14歳 にして主席で卒業し、18歳で博士号を取得した。

 4年後、ブルースはブルー惑星海にある高級リゾート地のカジノにいた。その時の彼は、かつての弱々しい影が薄れ、モデルのような容貌とたくましさを身に 着け、頭の切れもより磨きがかかった。
 カジノでのブルースは、全戦全勝がつづき、かなりの大金を手にし、アステロイドのJ9ランドのカジノへ赴くまでには、300億ボールを手にするように なった。
 太陽系最大のシンジケート、ブラディ・シンジケートから『世紀の大勝負』を挑む羽目になったのは、この時であった。
 彼の挑戦に共感したロックたちが仲間に加わって、『JJ9』として太陽系の各惑星を渡り、ブラディ・シンジケートからの妨害を振り切りながら、トライ マークを残していった。
 そんな彼がステファニアを再会したのは、イエロー惑星海のラーナ星だった。
 彼女は太陽系を股にかけるトップモデルになっていた。しかし、その収入が手にしても、シンジケートから搾取されていて、ほとんど奴隷状態だった。
 それでもブルースは彼女に対する想いは変わらなかった。
 彼のやさしさに触れたステファニアは、胸に飛び込んだ。
 2人は見つめあった。思春期を迎えはじめた時のときめきと戸惑いが、互いの胸の中から蘇り、そして肌を重ねた。
 互いの肌のぬくもり、互いの切ない声、そして…。
 ブルースはこの世で最高の幸せを感じた。このまま時間が止まればいいのにと。

 彼女は逝った―。
 シンジケートとの戦火から彼女を遠ざけるために、別荘に残していったことが仇になってしまった。
 自分が彼女を殺したようなものだった。いくらロックたちから慰められても、ブルースの罪悪感が軽くなったわけでもない。
 白いレージームーンでトライマークに標して、ボードに署名を残してから、ラーナ星を去った。
 自室にこもって、声を殺してながら涙を流した。その時に流した涙は、ソルト・キャンディよりしょっぱかった。

FIN

一足遅れましたが、ヴァレンタイン企画小説です。
欧米諸国では、男性から女性にキャンディか花束を贈るのが一般的なので、キャンディにちなんだ小説にしました。
そもそもタイトルの『salt candy』は、直訳すると『塩飴』です。私は塩飴やニッキ飴はダメですけど(-_-;)

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