Braiger story

──第3話 守られぬ約束──
「ちょっと、あんた達早く〜」
 アステロイドの宇宙に浮かぶ数多の小惑星のコロニー、その中の一つは特にショッピング街で知られている。
 売られているものは様々で、庶民的なものから高級店、はたまた闇市のような一般には知られていない違法なものもこそこそと売られているが、アステロイドで流行、ファッションを追いかけるにはもってこいの場所だった。
 そんな溢れる買い物客でごった返している賑やかな通りで、憎めない悪戯な瞳を陽気にお町は光らせはしゃいでいる。
 その側ではキッドとボウィが沢山の荷物を抱えてヨタヨタしていた。
 人ごみにもまれた街の真ん中で、お町から命令口調で指示され、ヘコヘコとついて行かざるを得ないキッドとボウィは顔を歪ませていた。
 お町の前ではいう事を聞いているが、「ヘイヘイ」と答えるその態度はうんざり気味だった。
 真っ直ぐ歩こうとしても、抱え込んだ荷物が手からすり落ちそうになってはふらふらとしてしまう。
「おっと、あぶねぇ」
 バランスを保とうとすれば、ボウィの足が自由を奪われて躓きそうに不恰好に歩かざるを得ない。
「あらあら、ボウィさん、素敵な格好だこと」
 後ろからキッドが皮肉る。
「そういうキッドさんも、お荷物持ちがよくお似合いなことで。将来は女性に尻に引かれるタイプですな」
「バカいえ、一体こうなったのは誰のせいだと思ってるんだ。ボウィ、お前がお町を賭け事で挑発するからじゃないか。俺は全くの部外者なのに、なぜか俺まで巻き込みやがって」
「だって、俺ちゃんあの時自信あったんだもん。それなのに、すぐにすっからかんになってさ、このままじゃ悔しかったからさ。全部取り戻そうとして、賭ける ものなかったから一日お町の奴隷になっちゃう権利を賭けるってついっちゃったんだよ。そしたらお町が拒んだから、キッドと一緒にそうするってつい言っ ちゃって」
「で、俺の承諾なしに勝手に賭けちまった結果がこれかよ」
「いやー、面目ない。まさか負けるなんてさ」
「バカ野郎、お町がポーカー強いの知ってるだろうが。俺、過去にどれだけ相手させられたか。しかも『いいことしよう』って鼻にかかった声で迫ってくるから、つい断れなくなってもうそればっかやらされたんだぜ」
「もしかして、キッドさんなんか期待してたの?」
「いや、そ、そういう意味じゃなくて、だからお町のポーカーが……」
 ボウィを責めていたはずが、キッドが反対にやりこまれてしまった。
 またそれを覆そうと、キッドはムキになり落ち着かない口調で早口に喋る。
「だから、話を逸らすなよ。とにかくだ、ボウィが悪いんだよ」
「まあまあ、ちょっと痛いところ突付かれたからってそんなにムキにならなくても」
 ボウィもまた自分の失敗をネチネチ言われるのがたまらなくなり、今こそ論点を摩り替えるときだと必死になっていた。
 二人は荷物を抱え込んでるせいで正常に歩けず、口だけ忙しく動くとバランスをすぐに崩しそうになり、オタオタと無様に歩きながら言い争いを続けていた。
 そこに先を歩いていたお町が振り返り、もたもたとしている二人にイライラを募らせる。
「もう、お二人さんってば、さっきから早くっていってるのに、何をモタモタしてるのよ。ほらほら、次はあそこ行くわよ」
「ええー、まだ買うのかー」
 言い争っていた二人が同時に呆れた声を上げた。
「お町、俺ちゃんもうこれ以上何も持てないぜ」
「そうだぜ、勘弁してくれよ。ただでさえ、俺はいいとばっちり受けただけなんだから」
「あら、今更何をいうのよ。約束したのはそちらじゃない。私はやめた方がいいって一応警告したのに、もう一回ってしつこく懇願したのは誰でしたっけ?」
 自分には全く非がないお町は、上から目線で二人に意地悪な笑みを浮かべた。
 友達の付き合いで適当に言うこと聞いてればいいと思っていたキッドは段々面倒臭くなってきて、その腹いせにボウィを睨み責めていた。
 全ての元凶は自分にあると、ボウィは殊勝な態度をとるが、ヘラヘラと笑って誤魔化しながらも内心不満たらたらと目の前に掲げていた荷物に隠れてイーっと歯を噛み締めている。
 遊び程度のものに過ぎないはずではあったが、二人が素直に約束を守ることに知らずとお町は面白くなり益々得意げになっていた。
 上機嫌に気持ちが高ぶると、いそいそと目的の店に軽やかに足を運んでいく。
「ちぇ、今度俺ちゃんが勝ったら、お町にあれもこれもと俺のいいなりにさせて有無を言わせないようにしてやる」
 自分が蒔いた種とはいえ、このままでは悔しいボウィは次こそは自分が勝つとばかりに鼻息を荒くしていた。
「おいおい、お前も懲りない奴だな。でもお町に何するつもりだよ。お前まさか……」
 ボウィはニヒヒと何やらいやらしい笑いを向けてキッドを振り返った。
「そうだよ。俺の部屋掃除だろ、洗濯だろ、そして世話がかりとしてご主人様と言わせてやる」
 ボウィのその言葉にキッドは胸をなで下ろした。
「なんだそんなことか。俺てっきり……」
 その先が言えずつい言葉が詰まってしまう。
「てっきり、なんだよ」
 ボウィがしらふで聞くので、キッドは自分が想像したことが恥ずかしくなり苦笑いをし、歩く速度を速めていた。

 お町が鼻歌を歌いながらお店のショーウインドを覗き、そして入り口に向かったとき、その先のビルとビルの間に座っている人影に目がいった。
 身なりの汚い男が、生気のない瞳でぼーっと行き行く人々をみていた。
 その表情はまるで二つの丸い穴を目の代わりにつけた人形のようで、憐憫さが漂っている。
 ついお町は立ち止まってじっとその男を見入ってしまう。
 後をついて来たボウィは突然立ち止まったお町にぶつかり、簡単にバランスを崩して持っていた荷物をいくらか落してしまった。
「ちょっとちょっとお町さん。急に立ち止まらないでくれよ。ああとうとう落しちゃったぜ」
 ボウィは落ちた荷物を拾うが、嫌々な気持ちもあり、うまく纏められずに中々全てを持てずにいた。
 キッドはまたお町の小言が始まると思うと「あちゃー」と苦い表情をしていたが、お町がそれに気づかないことに疑問を持った。
「お町、どうかしたのか」
「あそこに人が座ってるんだけど、なんだかあの悲しげな表情に気を取られちゃって」
 お町はまだその男を見ていた。
「ほっとけよ、どうせホームレスだろ。この辺りでは多いぜ。それよりも早く買い物済ませて帰ろうぜ。もう勘弁してくれよ」
 キッドはそんな男のことなどどうでもいいと、早く解放して欲しくてたまらなかった。
「俺ちゃんも、もう限界。あんな賭けしなければよかった。」
「あら、これで終わりだなんてまさか思ってないでしょうね。帰ったらまだまだ二人にやってもらいたいことあるんだけど」
 最後に含み笑いを添えて意地悪く言うお町は小悪魔のようだった。
 お町がもう一度ホームレスの男をチラリと見れば、ちょうど腰を上げ肩を落とした猫背の背中が街の喧騒の中に消えていくところだった。
 またその後姿が絶望を背負い込んでいるようで、見ているとお町の気分までなんだか滅入ってきた。
「ほらほら、二人ともしっかりしてよね」
 気を取り直そうとキッドとボウィに激励するも、本当は今見たものを忘れたいと自分の気を震わせていた。
 またきびきびとして店の中に入っていく。
 その態度はキッドとボウィには気の強い女に見えてしまった。
「どこがエンジェルお町だよ」
 小声でボウィが囁くとキッドもまた「誰がつけたんだろうね」とため息を吐きながらお町の後を渋々とついていった。
 
 沢山の荷物と一緒に三人がJ9基地に戻れば、ブライサンダーのドアが開く前にポンチョがそわそわして走り寄ってきた。
「もう、遅かったでゲス」
 その後ろではポンチョの宇宙船があり、そこに控えめに女性も立っていた。
 三人がブライサンダーから降り、何気にその女性を見つめると、女性は慌てて頭をペコリと下げた。
 その女性は見知らぬところにきて不安になりながらも、目は何かを問いかけるように必死にすがっていた。
「皆どこへ行ってたでゲスか。お客様をお連れしてきたんでゲスよ」
 ポンチョは待たせたことで仕事をキャンセルされないか女性に気をもんでいる。
 仕事の依頼でお町との約束がうやむやになれるとばかりに、ボウィは明るく走り寄った。
「お仕事の依頼ちゃんだね。待たせてごめんね。さあさ早く依頼を聞きましょ。さあ、こっちこっち」
 ボウィは女性の背中を押すようにして女性を談話室へ連れて行く。
 テンションが高い態度は助かったと言わんばかりだった。
「まあ、あのお調子者ったら。でもお仕事が入ったからといっても、これで終わりじゃないのよ、この後もまだまだこき使っちゃうんだから」
「お町、もういいじゃないか。そろそろボウィを許しやれよ」
「あら、それじゃキッドさん一人で私の奴隷になってくれるのね」
「なんでそうなるんだ。あーやだやだ。とにかく俺、一抜けた」
 キッドは開き直って去っていった。
「なんかあったんでゲスか? 奴隷とかなんとかいってたでゲスけど、よかったらアッシが喜んで変わりになりますでゲスよ」
 ポンチョは厭らしい笑みを浮かべて何か勘違いしている。
「さてと、お仕事お仕事」
 完全に無視してお町はいってしまった。
「いや、その、なんで無視するんですかって、ちょっと、お町さん。まって下さいでゲスよ」
 ここまでは悪戯心と気まぐれのいつものお町の日常だった。
 
 談話室ではこの状況になれずに、女性が目を伏せてみんなの前に立っていた。
 栗色のショートヘアで少しボーイッシュな感じがあるが、華奢な体つきが儚げで花に喩えるとひょろひょろとしたコスモスのような雰囲気があった。
 そばかすが薄っすらとあり、目立つほどかわいいわけではなかったが、世間知らずの子供っぽさの中に真面目で清楚な雰囲気が漂う。
 問題を抱え込んで潰されそうになりながらも、どこか健気に立ち向かおうとしている力強さはどこか美しい凛としたものを漂わせていた。
 しかしアイザックの鋭い目つきが少し緊張させるのか、落ち着かずそわそわしている。
 全ての者が揃ったときにアイザックが始まりとばかりに声を出した。
「それじゃ依頼を聞こうか」
 それを合図に覚悟を決めたように女性は顔を上げ、強張った表情の中話し出した。
「私はアリスと申します。実は私の婚約者のジャックが一ヶ月前から行方不明なんです。消息がわからないので探し出して欲しいんです。これがジャックの写真 です。独自に調べたら彼ははイーストD区辺りで誰かと一緒にいるところを目撃されたというところまで分かったんですけど、それから全く手掛かりが掴めなく て 途方に暮れてしまって。そんなときにパンチョ・ポンチョさんと出会ってここに連れて来てもらいました。どうかジャックを探してください。もしかしたら何か に巻き込まれたかもしれません」
 話しているうちに気持ちが極まってすこし涙ぐんでいた。
 一途に思う姿はJ9のメンバーにも訴えるものがあった。
「そういや、イーストD区って今日俺ちゃん達が買い物に付き合わされたところじゃん」
 ボウィが言うとお町も写真を見て言った。
「それにジャックって中々イケテル男かも」
 ジャックが褒められることは惚れたよしみで少しアリスの気持ちを落ち着かせていた。
「という訳なんでゲスがアリスさんの依頼を受けてあげて欲しいんでゲスが、依頼料は50万ボールなんでゲスけどいかがでゲスか、ねぇ、その……」
 いつもよりは低い額を気にしつつ、最近大口の仕事もないことにポンチョは少しでも稼ぎが欲しいと付け足しそうだった。
「ごめんなさい、もう少しお支払いできるといいのですが、それが精一杯なんです。ジャックと私は来月結婚する予定でその結婚資金を ジャックが全て持っているのでかき集めたお金はそれだけしかないんです。ジャックが見つかれば、その結婚資金でお払いする事ができます」
 悲しそうな顔でアリスは言った。
 折角貯めた結婚資金を依頼金で使用するのもかわいそうになってくる。
 キッド、お町、ボウィはかなりアリスに同情していた。
「皆どうする」
 アイザックは感情を出さずに冷静に冷たい声で問いかける。
「結婚相手が行方不明なんてお嬢さんそれは辛いでしょう。人助けだと思って俺ちゃんは協力させてもらうぜ」
 仕事をする方がお町の奴隷になるよりはずっとましだった。
「そうだな、大金を持ってたとなると何かに巻き込まれたのかもしれないな。俺も乗ったぜ」
 キッドもこき使われた鬱憤を晴らして暴れたい気持ちになってくる。
「それじゃ私も二人の祝福のためにも一肌脱ぎますか」
 女性として一番同情してしまうだけに、お町も乗った。
「それではその依頼お受けしましょう」
 リーダーのアイザックが承諾するとアリスは嬉しそうな顔をしてほっとしていた。
「それでは何かわかりましたらすぐにご連絡します」
 アイザックがそう言うとポンチョに連れられてアリスは一先ずJ9基地を去っていった。

 四人はまず最後に目撃証言があったイーストD区を頼りに聞き込み調査をした。
 その情報が裏付けされるように、何人かジャックが他の男と一緒のところを見たという情報を得られた。
「彼は確実にここに居たみたいだ。しかしなぜ急に姿を消してしまったのか。そしてジャックと一緒に居た男が鍵を握るみたいだな」
 アイザックが目を厳しくして言った。
「そうだ、その男が怪しい。もしかして強盗殺人とかだったりして。大金持ってることに気がついてジャックから奪ってそして殺した」
「ちょっと待ってよ、そうしたらジャックはもう死んでいるってことになっちゃうじゃないの。簡単に話を飛躍させないで。アリスがかわいそうだわ」
 お町の指摘にボウィはニヘラと苦笑いしていた。
「とにかくその一緒にいた男が誰なのか突き止めなくっちゃな。ジャックもその男のせいで何かまずいことに出くわして公に姿を現せないだけかもしれないしな。そんじゃ、俺はあっちを見てくるぜ」
「あ、ちょっと待ってキッドさん。俺ちゃんも行く」
 キッドとボウィは事件の謎を解くために手掛かりを探しに行った。
「お町、私達はこちらを探そう」
 アイザックが歩きかけると、お町は買い物の時に見たホームレスの男が近くにいることに気がついた。
 男はずっとこっちをみてたように、お町と目が合ったとたん、顔をそらしていそいそとどこかへ歩いていった。
 その態度がどうも引っかかる。
「アイザック、私は一人であっちを見てくるわ」
 アイザックは鋭い目つきの中にもお町を信頼する瞳で無言で頷き、マントを翻しては機敏に人の波に紛れ込んだ。
 別行動をとったお町は早速男の後をつけるが、どうも男はそれが分かってさけるように早足になっていた。
 前から人がひっきりなしにやってきて、お町とすれ違う。
 人ごみの中をすり抜けながら、次第に男が走り出したのでこのままでは見失ってしまうと、お町は知らずと叫んでいた。
「ちょっと、待ってよ! ねぇってば」
 こうなると追いかけっこの始まりだった。
「ん、もう! なんで逃げるのよ。益々怪しいじゃない。まあ、いいわ。この辺りはお町さんの庭みたいなものなのよ。逃げても無駄なんだから」
 お町はどこで男と接触できるかすぐに判断すると、裏道を通りだした。
 男は隠れる場所を求め、曲がり角を曲がるが、すでにお町は裏をかいた様にそこに立っていたことで、固まって動けなくなった。
「さあ、もう諦めてよね。どうして私から逃げるの。まだしゃべったこともないのに」
 屈託のない笑顔で、優しくお町は問いかけた。
 その姿は薄汚い男の前では天使のように眩しく見え、言葉に詰まりながら、お町をまじまじとみていた。
 そして気を取り直して小さく呟く。
「なんだか、このあたりの取締ってるお役人のように見えただけだ。なんせ俺はこんな身だからここを追い出されても金も行くところもないしつい逃げちまったのさ」
 それらしい事をいっても表情はどこか強張り、お町の様子を注意深く伺っている。
 お町のセンサーが何かを捉え、疑わしい目で男を見つめた。
「もしかして、私達がやってたことに何か心当たりがあったんじゃないの?」
「やってたこと?」
「そう、人探しよ」
「人探し……」
「あなた、じっと私達のこと見てたじゃない。私と目が合って逃げたけど、何か知ってるから慌てたんじゃないの?」
「そんなこと知るわけないだろ」
「じゃあ、この写真見て」
 お町はアリスから受け取ったジャックが写っている写真をその男に見せると、男の瞳孔が大きく見開き、体が震えだした。
「あら、何か知ってる様子ね」
「そんな奴見たこともないよ。もうこれ以上俺に係わるのはやめてくれ」
 男は踵を返して去ろうとする。
 お町はとっさに腕を掴んでしまった。
「ちょっと待って。この男、ジャックって言うんだけど、一ヶ月前から行方不明なの。婚約者が必死に探してるんだけど、お願い知ってる事があったら教えて」
「だからそんな男知らないって言ってるだろうが! その手を離してくれ。俺の汚い腕なんて持ってると手が腐っちまうぜ」
 お町は汚れたジャケットに気がついて、咄嗟に手を離してしまった。
「ほらな、汚い俺なんかとかかわると碌なことがないだろ」
 みじめさがにじみ出る声だった。
 だが、その男の顔は汚れていてもプライドまでは落ちぶれていない。
 どこかで歯を食いしばり、泣きたいのを我慢して耐えているその姿はホームレスに似合わない威厳が付き纏っているようだった。
 そして勢い余って腹立たしさでそのジャケットを脱ぎ捨て、足で踏みにじっていた。
 突然の癇癪とも言えるその行動にお町は困惑してしまった。
「もしかしたら何か訳があるんじゃないの?」
「訳? そんなものなんてない。ただ俺が愚かでバカだったってことさ」
 そういい残すと、男は静かに去っていった。
 お町は圧倒されて、それ以上は追いかける事ができなかった。
 男が脱ぎ捨てた薄汚いジャケットを見下ろし、汚いと言われたことで、条件反射的に手を離したことを恥じていた。
 だがジャケットをよく見れば、薄汚れているとはいえ素材も良くそこそこの値段がする代物に見えた。
 それを拾い上げたとき、ほんの少しの小銭がこぼれ落ち、ポケットからは紙切れがはみ出ていた。
 お町が返さなくてはと思ったとき、男はすでにその場から去ってしまった後だった。
 仕方がないと、落ちたお金を拾いポケットに入れた。
「ポケットには他に何が入ってるのかしら。これも捜査の一環だから、ちょいと失礼しちゃいますよ」
 お町がそれを手にしたとき目を見開いた。
 一枚の写真──。
 それは今日依頼をしてきたアリスが写っていたからだった。
「なぜあの男がアリスの写真を持っているの」
 お町はこうしてはいれないと、ハッとするがその後気が焦るだけで男を捜しきれないでいた。

 一方で、キッドとボウィはホテルの中に入りジャックが泊まった形跡がないか尋ねていた。
「ああ、この人ならここに来られました。でも突然姿を消してしまったんです。お支払は前払いで何日か分を頂いてたので問題はなかったんですけど、不思議な 事にこの方の身分証明書や身の回りの物がそのまま部屋に置いてあったんです。取りに来られるかもと思って保管はしているんですけど」
 ホテルの従業員はその置いていったジャックの荷物をキッドとボウィの前に出した。
「全てを置いて姿を消すなんて、やはりジャックは事件に巻き込まれたみたいだな」
 キッドはそう睨んだ。
「もしもの事があったらアリスになんて言うんだい。俺ちゃんこういう展開嫌だな」
 ボウィは強盗殺人の線が濃くなってきたと決め付けてしまった。
 二人はジャックの荷物を預かりホテルを後にした。
 そしてアイザックと合流するために連絡を取った。

 お町は男を見つける事に必死になりすぎて、あまり人気のない物騒な地域へ足を運んでいた。
 人通りもなく、賑やかな場所を離れると極端に無法地帯となってしまうこの人工都市の果て。
 闇取引きや違法な売買が行われる荒れ果てたエアーポケットのような不安定な場所だった。
「うわぁ、治安の悪そうな地域だこと。変な事でも起こらないといいんだけど」
 そう言ったとたんに変な事は起こるもんで、背後から人相の悪い男二人が近づいて来るのがわかった。
「ああ、やっぱりそういう展開になりますか」
 お町は覚悟した。
「お嬢さん、こんな所で何してるんですか。ここは物騒な所ですよ。それともスリリングを味わいに薬でも買いに来たんですか。それなら僕たちがご協力しますけど」
 男たち二人はお町を見てニヤニヤしていた。
「ちょっとそこのお二人さん、私がそんなもの欲しいと思う? あんたたちと一緒にされちゃうなんて、失礼しちゃうわね」
 男達の表情が引き攣り、その場の温度も下がったように冷たく緊迫し出した。
「おいおい、調子にのってんじゃねぇよ。そっちが勝手に俺たちの縄張りに足運んできたんじゃねぇか。ここにきたら礼儀ってものがあるだろうが」
 太い眉毛を吊り上げて睨みを聞かした目で脅してくる。
「おい、こんなアマ相手に本気になるな」
 もう一人が相方の前に手を差し出して落ち着かせようとした。
 こちらの男の方が冷静ではあるが、冷酷に見据える目は容赦はしないと語っている。
「よお、お嬢さんよ。あまり調子に乗らねぇ方がいいぜ。ここでは俺たちがルールだ。何が起ころうとも覚悟してるんだろうな」
「あら、私に何を覚悟しろと言うのかしら。そっちこそ近づくと火傷しちゃうわよ」
 お町は茶目っけたっぷりに言った。
 それが挑発となり、わざとらしく漏れる舌打ちが男達の苛立ちを表現していた。
 二人はじりじりと近づいて来た。
 お町は一騒動交えないといけないことにうんざり気味で哀れみの目を向ける。
「んもう〜。あんた達本当に痛い目にあっても知らないわよ」
 お町がそう言ったとたんに男二人はお町に向かって襲い掛かった。
 しかしお町の方が一枚上手だった。
 ひらりと身をかわし、足で男の腹を一蹴りいれて、もう一人の男がまた襲って来たところですっと交して後ろから背中を一蹴りした。
「だから言ったでしょ。痛い目に遭うって。私に触れる事なんてできないのよ。それじゃね」
 そう言ってお町が去ろうとすると男は苦しそうな表情をしながらお町に銃を向けた。
「おいっ、ここまでコケにされてこのままで済むとは思うなよ」
「あらまあ、素手で叶わないからって女の子相手に今度は銃を使うの? 仕方ない子ちゃんね。チョメチョメ」
 こんなことぐらいお町には朝飯前のことだった。
 両手首のアクセサリーにはいつも常備している小型爆弾と剃刀の刃。
 そして常に隠し持っている、手に刺さってしまうほどのシャープなカード。
 本気を出せば、相手の持ってる銃も奪えるくらい機敏に動ける。
 ただ、上品だと思ってるお町にとって、こんな奴らとここで戦うことが面倒くさくてたまらなかった。
 そんな時に銃を持っている男の手をめがけて石がいくつも飛んできた。
「こっちだ」
 声のする方向を見ればさっき追いかけていたホームレスが呼んでいる。
「あら、あなたは」
 お町は向こうからやってきてくれたことにポカーンとしていた。
「何を悠長にしてるんだ」
 石を男二人に投げながら、ホームレスの男はお町に近づいて、腕を引っ張って走った。
「おい、待て、このやろう」
 チンピラたちが銃を撃って来た。
「あーあ、下手くそね」
 お町は手首のガジェットをちょいちょいと触り、そしてにこやかに手にしたものを投げた。
 後ろで閃光と共に爆発が起こる。
 今度はホームレスの男がポカーンとする番だった。
「ほら、何してるの、早く走って」
 お町の声に男は困惑しながら走り出した。
 二人は充分に安全な場所まで来ると、空気を吸い込み呼吸を整える。
「あんた、一体何者なんだよ」
 まだ少しはあはあと息がする中、戸惑った目を向けながら男が訊いた。
「私? エンジェルお町よ」
 ニコッと笑い、そして持っていたジャケットを男に返した。
「わざわざ、これを俺に届けてくれなくてもよかったのに。とにかく、早くここから去るんだ。もう俺を放っておいてくれ」
「あら、それはできないわ。こっちも色々と訊かないと気がすまないの。ねえ、あなたこそ一体誰なの? なぜさっきジャックの写真を見せたとき驚いたの? そしてなぜアリスの写真があなたのジャケットから出てきたの? それを教えてくれるまで私あなたから離れないわ」
 「チェッ」という男の声が漏れ、顰めた顔をしている。
 男はアリスの写真を持っていた事まで知られてお町を助けた事を後悔していた。
「…… 私は何も知らないんだ!」
 最後の語尾が強く言い放たれた。
 それ以上言うことはないと、踵を返し去っていこうとするが、今度は離さない覚悟でお町ががっしりと男の腕を掴んだ。
「待って、あなたは何かを知っているはずよ。嘘はついても無駄よ」
「しつこい女だ」
「だったら教えて。そうしたら帰るから。それにただとは言わないわ」
 男は暫く考え込んだが、最後は観念したかのようにお町の顔を見つめた。
 ぐっと力を込めたが、声が出てきたときは言い難そうに小さくなっていた。
「さっき見た写真の男は死んだよ」
「えっ! それ本当なの? だけどどうしてあなたはジャックの事を知っているのかも教えて。あなたが持っていたその写真だけど、その女の子はジャックの婚約者なの。彼女は今必死でジャックを探してるの」
 男はそれを知っているのか、益々歪んだ顔つきになった。
「もしかしてあなた、ジャックが最後に目撃されたときに一緒にいた男なの?」
 男はヤケクソになり大きな声で叫んだ。
「そうだその通りだ。私はジャックと一緒にいた。そしてジャックは私の目の前でその写真を残して死んでしまったんだ。もうこの世にはいない。だからその写真のお嬢さんにもそう伝えてあげてくれ」
 苦しさを伴った声が後ろめたさを感じているのか、お町の顔を見ようとしなかった。
「死んだって、まさか、…… 殺されたの? ねぇ、こっちを向いてちゃんと話して!」
 お町は信じられず、男の腕を更に強く掴んだ。
 それでも男は口を噤んでそれ以上何も言わなかった。
「まさかあなたが……」
 そうお町が言いかけると男はスイッチを入れられたようにすぐに反応し咄嗟に言い返した。
「違う! 私は殺人など犯してはいない。ただ事実を知っているだけだ。これでいいだろう。もう放っておいてくれ」
 男は腕を掴んだお町の手を振り払い慌てて走って行った。
 お町はまた後を追い掛けようとしたが、そのとき、通信機械からビープサウンドが鳴り、出鼻を挫かれた。
「お町、今どこにいる?」
 アイザックからだった。
 連絡を取り合い、ここは一度報告した方がいいとお町は皆と合流する。
「こっちはジャックの手掛かりが見つかったぜ」
 キッドがジャックの荷物をお町に見せた。
 お町もそれを見ながら意気消沈して言った。
「私も見つけたわ。ジャックはもう既にこの世にはいない」
 お町は落胆した様子でホームレスの男が話した事を言った。
 一同は想像していたことが現実となり改めてその衝撃にショックを抱いていた。
「しかし、その男の事が気になる。なぜジャックの死を見たというのに詳しい話ができないのだ」
 アイザックは何かおかしいとでもいう顔をしていた。
「そうだよ。その男が犯人に決まってるぜ。だから逃げるために何も言えなかったんだぜ」
 ボウィは自分の推理が正しいとでもいうように確信して言った。
 しかしお町はなぜかそうは思えなかった。
 追いかけられていても自分を助けようと戻ってきたことが真面目さを象徴している。
 殺人を犯せるくらいならもっと罪を重ねて金を強奪しているに違いない。
 街角で絶望感漂わせてうろつき回る姿からは容疑者としてかけはなれていた。
 難色を示した表情でお町が黙り込んでしまう姿は、アイザック、キッド、ボウィにも影響を与えていた。
「ここでただ話していても仕方ない。とにかくそいつを探し出して腕ずくでも真相を吐かせた方が早いぜ」
 キッドが多少イラツキ、男をつまみ出したいと早々と銃を手に取りクルクルと指先で回した。
 納得いかない情報を詳しく突き止めるために、四人はホームレスの男を探すことに躍起になった。
 ちょうどそんな時、お町は人ごみの中、前から歩いてくる男にぶつかってしまった。
「申し訳ございません。お嬢さん大丈夫ですか」
「いえ、こちらこそごめんなさ……」
 その声の方向を見るとそこには髪の色と髪型は違うがアリスが持ってきた写真に似ている男がお町の前に立っていた。
「あっ、ジャック?」
 お町が無意識に名前が喉から漏れるが、男は軽く眉間に皺を寄せ、不思議そうな顔をした。
「いえ、私はダニーといいますが。誰かとお間違えになられたのですね」
 お町は戸惑った。見れば見るほど本当にジャックにそっくりだった。
「ごめんなさい。つい似てたので」
「いえいえ、気になさらないでください。その方はお嬢さんのお友達ですか?」
 そのダニーと言った男は優しい笑みを浮かべてお町に聞いた。
「いえ、人探しを頼まれていて、それがあなたに似ていたので」
 そういうとその男は目を細くして愉快に笑った。
「そうですか。でもお嬢さんのようなかわいらしい方に間違えられて光栄だ。早くみつかるといいですね。それでは私はこれで」
 ダニーは軽く頭を下げて人ごみの中に紛れていった。
 落ち着いた紳士的な振る舞いだった。
 ホームレスの男を捜すことに気を取られて、お町はダニーには構ってられなかった。
「お町、何してるんだ。早く来い」
 キッドは少し離れたところからお町を呼んだ。
 お町はダニーが気になるもキッドの元へと駆け寄った。
「今、ジャックに似た人を見た」
「で、そいつジャックだったのか?」
「ううん、ダニーとか言って人違いだった」
「行方不明になってるくらいだ、そう容易く本人と出会う訳ないよな。それに生きてる確率もかなり低くなったし」
「ちょっと、キッド!」
「アリスをがっかりさせたくないのは分かるが、この人探しは少し複雑かもしれねぇぜ。とにかくだ、あの男を見つけないことには話にならねぇ。いくぞ」
 キッドは腕につけた通信器具でアイザックと連絡を取り、情報と位置を確かめあった。
 お町と顔を合わせ、二人は気を取り直して更に調査を始めた。
 その後、しらみつぶしに探し回ると、次々と目撃情報が入り、そしてとうとう居場所を突き止めた。

「おい、みつけたぜ。あいつじゃないのか」
 薄汚れた酒場の路地で、複数のホームレス達が路上に座っていた。
 キッドが指差した方向にはあの男が他のホームレスの輪に入れないまま一人でうずくまっていた。
「さあてと、捕まえにいきますか」
 まずボウィが男の前に立ちはだかった。その後三人も取り囲むように周りに立った。
 四人に取り囲まれると同時に、ボウィとキッドの銃が男に向かっていた。
 男はびっくりして顔を引き攣らせていた。
「あなた達は一体何なんですか」
「私達はコズモレンジャーJ9だ。あなたに伺いたいことがある。正直に話してくれたら危害は加えないと約束しよう」
 アイザックは鋭い目つきで言った。
 男は側にいたお町に助けを請うように見つめた。
 お町はその男の瞳の悲哀で、脅す側に立ってしまった自分にやるせなさを感じた。
「ねえ、さっきはあなたが折角チンピラから助けてくれたのに自分のことばかり主張してお礼も言わなくて悪かったわ。もう追いかけっこはお互いやめましょう」
 お町はキッドとボウィに、銃をしまえと目で合図した。
「手荒なまねをしてごめんなさい」
 男は殊勝なお町の態度を受け入れ、そしてゆっくりと立ち上がった。
 お町の目を見つめることで、何もかも話す覚悟を示した。
「まずはあなたの名前を教えてくれない」
 お町は誠意ある気持ちを込めて男を優しく見つめた。
 その瞳に安らぎを感じたように、男は一度深く息を吐き穏やかな表情になった。
「私はダニーと言う」
「えっ、ダニー?」
 街でぶつかった男と同じ名前にお町は驚き、考え込んで眉根を寄せた。
 お町がその後質問しないので、早くケリをつけたいとキッドが続けた。
「じゃ、ダニーさんよ。ジャックを殺したのはあんたか」
 白黒はっきりさせたくて、単刀直入にぶつけてしまう。
 それはダニーを憤慨させ、今にも突っかかりそうに体が前のめりになった。
「違う! 私は誰も殺してなどない!」
「じゃ、なんでジャックは死んだって知ってるの。そんなの犯人にしか分からないことなのにさ」
 軽くお茶らけていうボウィの言葉に、ダニーは益々腹が立ち、体に力がこもり血が頭に上る。
「ちょっと、あんたたち、折角ダニーが心開いて何もかも話してくれようとしてるのに、それじゃ逆効果でしょう。ん、もう」
 二人を押しのけ、お町が前に出て、再びダニーと向かい合った。
「ダニー、お願い正直に話して。あなたが殺していないのなら話せるはずだわ。それに私もあなたの事を信じているわ」
 お町の澄んだ青い瞳は興奮したダニーの気を静めていく。
 いつの間にか、お町とダニーの間で信頼感が芽生えていた。
「わかったよ。正直に話そう。ただしジャックの彼女には内緒にしてもらいたい」
「ジャックの彼女に内緒だと?」
 キッドはそんな事ができるかとでもいうように口を挟むが、またお町に遮られた。
 気分を損ねながら、賭けの事を再び思い出したようにキッドは「ハイハイ」という事を聞く。
「ああ、頼む。私の話を聞けばなぜだかわかる。私は小惑星都市から他の星へ行くためにシャトルに乗ろうとしていた。そしたらジャックと出会い、同じ方面に 行くからと言うことで彼の車に乗せてくれたんだ。ヒッチハイクみたいなもんだ。私はお金をセーブしたくてそれは有難い申し出だった。だから喜んでその誘い にのったんだ。その道中でジャックは信じられない話をしだした。ある女に結婚の話を持ち出したら簡単にその女は結婚資金として大金を自分に渡した。結婚な んてするつもりもないからその金をもって彼女から逃げて来たんだと言った。そしてこれからは名前を変えて新たな人生を送ると言ったとたんジャックは私に銃 をつきつけて脅し、私の身分証明書を盗んでしまった。私は彼の言われるままに服を交換させられ、背丈や体格がほぼ同じだった彼は私に成り済ましたんだ。命 まで奪われるのではと思ったが、この事を誰にも言わないと命乞いをして助かった。最後に『ジャックはもう死んだ』と笑って私をここへ置き去りにして去って いった。私はなけなしの金をとられてしまい、身分証明書もなく仕事にもつけずホームレスになってしまったという訳さ」
 四人は意外なジャックの真相に辟易すると共に、目の前のダニーに同情せざるをえなかった。
 それと同時に結婚詐欺にあったアリスのことも考えるとどんよりと暗くなっていた。
 その時、お町は突然はっとして、もう一人のダニーと名乗った男の事を思い出した。
「私、さっきジャックにそっくりな男にぶつかった。あまりそっくりだったからついジャックって聞いてしまったけど、彼はダニーと名乗ったわ。あの時会った彼こそが本当のジャックだったんだわ」
「よし、皆行くぞ」
 アイザックは切れよく踵を返しジャックを探しに向かう。
 キッドとボウィもやっと大暴れできそうだとやる気を起こしていた。
 お町はダニーの顔をみつめ、にっこりと微笑んだ。
「ダニー、教えてくれてありがとう。あなたの仇とってくるわ。また後で会いましょ」
 去ろうとするお町をダニーは呼び止めた。
「待って、エンジェル!」
 お町が振り返る。
「気をつけてな」
 薄汚れていたダニーだが、心を許したとき素直な笑顔はかわいく思えた。見かけだけじゃなく、ダニーの心の中の人柄でお町は彼をみていた。
 軽くウインクを返し、ブーツの踵が跳ねるように走って去っていった。

 お町はさっきジャックと出会った場所に戻り、アイザック達にジャックの向かったところを指示した。
 そしてその周辺の店でジャックの写真を見せながら聞き込みをしていると、広場にあったキオスクで働いていた人が、ここで買い物をしたとかで覚えていた。
「ああ、この人ならこれから地球に行くとかで宇宙のルート地図買っていきました。自家用の小さい宇宙船だから途中までいけても長旅になりそうだからと、大型フェリー船に乗りこむにはどこの宇宙港がいいのとか訊いてきて、結構慌ててたので覚えてますよ」
 それを聞いて四人の行動は早かった。
 ブライサンダーに乗り込みジャックの後を追う。
「ジャックは自分の捜索をされていると知って、慌ててここから出て行ったんだ。その後を追うぞ。ボウィ、ブライシンクロンアルファーでブライスターに変形だ」
「OK! ブライシンクロンアルファー」
 ブライスターになればジャックの宇宙船に追いつくのは容易かった。
 周波数を確認し、目の前のジャックが乗っている宇宙船と連絡を取るも、往生際の悪い詐欺師は最後まで白を切る。
「んもう、なんて悪党ちゃんなの。これにはお仕置きが必要だわ」
「ボウィ、ブライガーに変形だぜ。俺が一発食らわせてやる」
「オッケー、キッドさんのお願いなら喜んで。ブライシンクロンマキシム!」
 ジャックの乗った車の目の前に突然巨大ロボのブライガーが現れ、ジャックは悲鳴をあげる。
 それでも最後の足掻きで逃げようとするので、ブライガーのカギ爪がジャックの乗った宇宙船を容赦なく掴んだ。
「ようよう、あんた最低な男だぜ」
 キッドは唾棄するごとく軽蔑を込めて言った。
「お前たちは一体なんなんだ」
 ジャックは震え上がりながら、まだ虚勢を張る。
「俺ちゃん達が誰だって? 泣く子も黙るコズモレンジャーJ9さ。さあ、覚悟しろよ」
「そうよ、あんたみたいな男、許せないわ。お尻ペンペンなんだから」
 お町も憤る。
「我々はアリスから婚約者のジャックを探すように依頼された。だが残念なことにそのジャックはもうこの世にはいないようだ。覚悟してもらおうか」
 アイザックの無慈悲な冷たい声がジャックの顔を真っ青にした。
「お前たち俺をどうするつもりだ」
「それは君次第だといいたいとこだが、このまま宇宙の塵になってもらった方がよさそうだ」
「そうだぜ、アイザックの言う通りさ。このままひねり潰してやる」
 キッドの操縦でミシミシと宇宙船が潰されていく。
「おい、ちょっと待ってくれ、命だけは助けてくれ。なんでもいう事をきく。アリスにも謝る。だから……」
「どうするアイザック、助けてくれって叫んでるぜ」
「あーあ、キッドもアイザックも、おー怖。だが、自業自得だね、ジャック。覚悟すべし」
 ボウィは他人事のようにあっさりと見捨てる。
「謝るのはアリスだけじゃないわ。ダニーにもよ。あんたがやったことは許せないわ」
「わかった、わかった。二人には謝るし、責任を取る、だから命だけは」
 必死に泣き叫びながら命乞いをするジャックの態度は滑稽だった。
「少々脅しすぎたわね。フフ」
 お町は意地悪な笑みを投げかけていた。

 ブライガーからブライスターになり、その中にジャックの宇宙船を収納し、ジャックを確保した。
 そして銃を持ったJ9の四人に囲まれジャックは床にへちゃっと座り込んでいた。
「ダニーの身分証明書を返しなさい」
 ジャックは懐から身分証明書を出してお町に渡した。
「こんな小細工しても通用しないんだから」
 そういってその身分証明書のジャックの写真をはがすと下からダニーの写真が出てきた。
 アリスが渡した結婚資金の金もついでに取り戻してやった。
 いつ殺されるかも分からない状況にジャックはおどおどとしている。
 お町はツンとした表情で睨みを効かした。
「さあてと、このあとこの男をどうしましょうか。今更謝ったところでアリスもダニーも気が収まらないと思うわ。一層のことジャックがいない方が早く話がつくかも」
「この通りだ、殺さないでくれ」
「そうだな、こいつがいない方がアリスも傷つかないかもしれない」
 キッドも腕を組んで考え込む。
「それじゃ、本当にこいつ殺しちまうのか?」
 ボウィが言うと、ジャックの顔が真っ青になった。
「いや、殺しはしない。そして二度と二人の前に現れないようにどこか遠くへ行ってもらおう」
 一番無慈悲そうなアイザックから言われると、ジャックは床をはってアイザックの足元で何度も感謝の意を示した。
「いつまでもその汚い面を見せるんじゃない。さっさとここから出て行ってもらおう」
 アイザックがマントを翻し踵を返して操縦席に戻っていく様は虫けら同然にジャックを蔑んでいた。
「さあ、今の言葉きいたでしょ、早く行かないと、あんた本当に撃たれちまうかもよ。なんせこの人は銃を撃つ事が趣味だから」
「あらら、ボウィさん、軽々しく俺のことコイツに説明しないで欲しいな。まあ、俺が銃を撃つのは息をするくらいの感覚ではありますけどね」
 キッドは試しにジャックの頬すれすれに銃を撃った。
「ギャー」という声でジャックは立ち上がり、宇宙船に走って逃げていく。
「あっ、ちょっとジャック待ってよ」
 お町は、風を切るように腕を振り上げると、トランプのカードがジャックの靴の踵に刺さった。
 足に違和感を感じ確認すると、ジャックはまた悲鳴を上げた。
「いい、もう悪さするんじゃないわよ。今度あんたが悪事を働いていたら、容赦しないんだから。今のカードに刺さってジャックは死んだわ。そのつもりでいてよね」
 返事もなく、ジャックは宇宙船に乗り込んだ。
 ブライスターの出入り口が開かれると、一目散に逃げていった。
 一件落着とキッドとボウィははしゃいでいたが、お町は素直に喜べなかった。
 帰路の途中、この後どうするのか皆で話し合う。
「ねえ、今回は依頼主にどうやって報告するの? アイザック」
 お町は女として結婚詐欺にあったアリスに本当の事をとても言えなかった。
「やはり死んだ事にしておくのがいいかもしれない。アリスには辛いだろうが」
 アイザックも思わしくない結果に辛い表情をみせたのか、眉根が少し寄っていた。
 こればかりは茶化せないと、キッドとボウィも何も言わなかった。

 そしてアリスが再びJ9基地を訪れたとき、ジャックの置いていった身の回りの荷物と結婚資金を渡してやった。
 アリスは本当の事情も知らず、死んだという報告を受けて泣きじゃくっていた。
 その姿は一同の心にずしりと重くのしかかり、どうすることもできないもどかしさを抱えて顔を歪ませていた。
「アリス、ごめんなさい。私達あなたの力になれなくて」
 お町は精一杯アリスを抱きしめた。
 アリスはお町に抱かれてずっと泣いていたが、次第に現実を受け止めようと泣き声も小さくなっていった。
 最後に目を真っ赤にして、アリスはJ9基地を後にした。

「ねえ、本当にこれでよかったのかしら。正直に話した方がよかったんじゃないかしら」
 お町は間違っていたのではと良心の呵責に苛まれた。
「でもさ、どっちみち泣いてたと思うぜ」
 キッドが言った。
「そうさ、いい思い出の中で悲しむか、嫌な思い出の中で悲しむかだったらやっぱりこれでよかったんじゃないの」
 ボウィ自身、口では軽く言えても、どこかで納得いかないとひっかかっては、帽子を深く被りこんだ。
「とにかく一日でも早くアリスの気持ちが晴れることを願いたい」
 アイザックも辛い表情をしながら、終わってしまったんだと割り切っていった。

 次の日お町はダニーに会いに行った。
 ダニーを見つけるにはそんなに難しくはなかった。
 なぜなら、ダニーもお町が来るのを待っていたからだった。
「ダニー、あなたの身分証明書を取り返して来たわ」
 ダニーはそれを受取るとお町にお礼を言った。
 そしてアリスの事を気づかった。
「あのことは彼女に言ったのか」
 お町は首を横に振るが、それで本当によかったかどうかわからないと自信なさげに首をうな垂れた。
「そっか、黙っていてくれたんだね。私はそれでよかったと思う。真実を知らないことで傷口は浅く済むかも知れない。君たちはよくやってくれたよ。そして私のためにも。本当にありがとう」
 ダニーの言葉はお町の気持ちを軽くした。
「ねえ、ダニー、これからどうするの?」
「そうだな、これからどうやってホームレスを脱出するかがまずは問題だ」
 お町はダニーにまとまったお金を渡してやった。
「なんだいこれ」
「私達からのお礼よ。今回の事件はあなたの協力無しで解決できなかったから。受取って」
 ダニーはお町を見て微笑み、お礼を言った。
「それなら有難く頂いておくよ。君は時にはワイルドで、そして繊細で、優しい人なんだな。益々興味が湧いてくるよ。本当なら君を抱きしめてキスでもしてお 礼したいぐらいだが、あいにく私は汚いからね。こんな男じゃ却って迷惑だろうから遠慮しとくよ。だけどまたきれいになったときに君と会ってみたいもんだ。 それでも相手にしてもらえないかもしれないが」
「じゃあ、そのとき、私が気に入ったら相手にしちゃうわ。それは約束としてそのときまでお預けってことでどう?」
「ああ、わかった」
 お町は微笑み、そして右手をだした。
 ダニーは汚れてることで躊躇ったが、お町の偏見を持たない積極さで握手を交わした。
 最後に笑顔を見せてダニーは去っていくが、お町は見えなくなるまでダニーの後ろ姿を見ていた。
 ダニーも不意にまた振り返り、お町がまだ留まっていたことにびっくりしたが、遠くから手を大きく振り上げてやはり答えていた。
 ダニーが見せた笑顔で後味が悪かった事件も忘れるくらいお町は元気を取り戻していた。

 そして数ヶ月後、またお町はボウィの賭けに勝って二人を扱き使っていた。
「ほら早くしなさい。あっちのお店にも行くわよ」
 キッドもボウィもうんざりした様子でお町についていった。
「ちょっとあんた達、顔が喜んでないわよ。もっと嬉しそうにしなさい。この私の相手ができるんだから」
「何が相手ができるだよ。俺はただ突き合わされてるだけだろうが。こうなったのもボウィが悪い」
「キッドさんだって、俺ちゃんと一緒にお町を扱き使いたいって思ってたでしょうが」
「それはボウィが勝てばの話だろ。負けたら俺を巻き込むなよ」
「そんなの公平じゃないじゃないか。勝っても負けても、俺ちゃんたち運命共同体、でしょ」
「バカ野郎、気持ち悪い声で擦り寄るな」
「ほーら、ごちゃごちゃ言ってないで、次あっち行くわよ」
 お町は容赦なく二人を扱き使い、楽しんでいた。
 数ヶ月前もこんなことして、ダニーと係わったことを思い出し、結局は一期一会で終わってしまう日々の暮らしがどこか寂しく感じていた。
 J9のメンバーになってからは常に刺激を求めるだけに、退屈な日々があると過去の事件や依頼を思い出しては過ぎ去った事が再びぶり返すことがある。
 店の前によく似た背格好の人物が立っていると、ついダニーはどうしているだろうと思ってしまう。
 もしダニーがホームレスじゃなかったら、こんな感じだろうかとその男の側を通り過ぎようとすると声を掛けられた。
「あっ、君はあの時のエンジェル」
「えっ、もしかしてダニーなの?」
 スーツに身をまとい背筋を伸ばした姿は有能なビジネスマンの貫禄があり、自信を取り戻した顔はキリリとしてとてもハンサムだった。
「うそっ!」
 お町は叫んだ。
 そしてキッドもボウィも驚いた。
「うわぁ、あの時の男がこれ…… まさか」
「ひえ〜あの汚い男がこの姿。嘘。俺ちゃんびっくりだもんね〜」
 ダニーはお町を見て微笑んでいた。
 お町もまさかこんなにカッコイイ男性だとは思わなかった。
 ホームレスから脱する事ができ、辛い日々を乗り越えたことで備わった男らしさが加算されている。
 きっと仕事も手に入れて生活が安定しているのだろう。
 あの絶望していた瞳が、今ではキラキラと輝いて希望に満ちている。
 その目力だけでも、メロメロっときてしまう。
 汚い身なりの中でも、ちゃんと心の中を見ていたつもりだったが、外見がこうも見事に美しくなるとかなりの魅力溢れる男性だった。
「うわぉ、なんてハンサムちゃんなの。これほどとは」
「あの時は汚れてましたからね。あなたのお陰で仕事にもつけてホームレスを脱することができました。本当にありがとう」
 ダニーはお礼を言った。
 お町は気恥ずかしくなってしまう。
 立派になったその姿になんだか見とれては、最後にダニーとの約束した言葉を持ち出さずにはいられなかった。
 自ら積極的にそれを催促してみる。
「ねえ、ダニー。覚えてるかしらあの時のお礼の事。きれいになったときに抱きしめてキスしてくれるっていうお・れ・い!」
 ところがダニーは頭を掻いてモジモジしていた。
「もちろん覚えています。でもそれがその……」
 そう言ったときにお店から一人の女性が出てきた。
 こちらもきっちりと化粧をして、流行の服をきた精錬された美しい人だった。
「あら、あの時のJ9の皆さん。その節はお世話になりました」
 深々とお辞儀をされるが、三人はキョトンとしていた。
「やだ、もう忘れたんですか。アリスです」
「うそっ!」
 三人は同時に声を出していた。
 ひょろっとしたコスモスのイメージだった彼女は、薫り高きバラの花に変化していた。
「あれから、生まれ変わるように立ち直ろうとしたんです。気を紛らわすために化粧やおしゃれに力を入れてたら、すっかり化けられるようになりました」
「別に化けてなんてないさ。君は元から美しかっただけさ。君の素顔も私はよく知っている」
 ダニーが優しくアリスを擁護している。
「えっ、どういうこと? お二人さん、もしかして」
 お町の質問にアリスは頬を染めた。
「辛かったときに、この辺りを歩いていたらこの人、ダニーが声を掛けてくれたんです。ジャックの知り合いだったので私のこと知ってたみたいで、慰めてくれてるうちに……」
「そうなんです。私も色々と辛い思いをしましたから、他人事のようには思えなくて、一緒に励ましあっているうちにお互い好きになってしまって」
「えー」
 お町は呆然としてその場から動けなくなり、キッドもボウィも荷物を落してしまった。
 あの事件の落ちがあったのかと、この偶然の重なり驚いていたが、次第にお町の顔が緩やかになって最後は笑みを浮かべていた。
「そっか、そういうことか。二人ともよかったじゃない」
「と言うわけで、あの時の約束は守れなくなりました。でも本当に感謝してます」
 ダニーはもう一度お町に握手を求めた。
 お町は力強くダニーの手を握り返した。
 ダニーとアリスはしっかりと手を繋いで、そして去っていく。
 誰もが思うほど、それはお似合いのカップルだった。
「あーあ、どっち道こうなってたんでしょうね。これはハッピーエンドね。でもちょっと逃がした魚は大きかったかしら。あの時汚くても抱きついていればよかったわ。まあいいわ」
 独り言なのに、自分に言い聞かせるように、気持ちを切り替える。
「さあ、皆、今日はとことん私に付き合って貰うわよ。なんせ私はあなた達の賭けに勝ったんだからね」
 その反動でさっきより一段とキッドとボウィを扱き使うのであった。
「うげっーもう勘弁してくれよ。俺ちゃんやだ〜」
「ボウィ、これは当分続きそうだぜ。でも友達としてお町を慰めてやろうじゃないか」
「ちょっとキッドさん、何その言い方。まるで私はもてない女みたいじゃないの。これでもねぇ、言い寄る男は一杯いるの。同情なんていらないんだから。これは賭けに勝ったから扱き使ってるだけよ」
 お町はキッドの耳を引っ張っていた。
「イテテテテ、わかったって。ん、もう、止めてくれ」
「ははは、キッドさんも、形無しだな」
「バッキャ野郎、これもみんなボウィのせいだぞ」
「そんなこと言われてもさ、だから今度こそ絶対勝つからって」
「お前、全然懲りてないじゃないか」
 キッドとボウィがいい合う後ろからお町は二人の頭をゴツンとぶつけた
「ごちゃごちゃ言わずに、二人とも覚悟しなさいね〜」
 お町は自然と笑みをこぼしてもう一度ダニー達が消えていった方向を見つめていた。


知ってしまえば傷付くことも知らなければ悲しいことも
どちらにしても最後は結局同じ結果に繋がると
お町の心はどんな時でも幸せ願う
あの時こうしていたらなどそんな事はどうでもいい
今はただ未来をみつめるその笑顔が大切なだけ
幸せ更に求めて、お呼びとあらば即参上!

おわり

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