Braiger story

──第2話 真実の恋の華──
「本物の太陽の光じゃないが、J9基地に毎回こもるよりは、こういうときにある程度の光を味わえるのは悪くないない」
 人工の惑星都市の中、ブライサンダーと名のついた車の隣でボウィは両手を上に上げ、ぐっと背筋を伸ばして一時の息抜きを楽しんでいた。
「愛しのかわい子ちゃんも、超ご機嫌だぜ」
 ボウィは燃料補給とメンテナンスのチェックを受けているブライサンダーのボディを軽く叩いて話しかけた。
 J9のメンバーになってから、ブライサンダーを世話するのはボウィの役目というのか、自らの車好きで放って置けないちょっとした役割だった。
 例え強制的にアイザックから頼まれたとしても、喜んで引き受けるほどボウィはブライサンダーに惚れ込んでいる。
 シンクロン原理──別の宇宙に存在するエネルギーや質量を移動させて物体を巨大化する原理(はっきり言ってよく分かりません)──を持ち入り、ブライス ター(宇宙船)やブライガー(ロボット)へと巨大変形をするブライサンダーは、影のポリスと呼ばれるコズモレンジャーJ9の貴重な戦力でもある。
 それを基本的に自分が動かしているとなると、その立派なボディに痺れては偉大な力を自分が手にしていると錯覚させてくれる代物だった。
「あっ、そこはもっと丁寧に! ほら、女の子を扱ってるのと同じ気持ちじゃないとダメなんだから」
 ついつい声を張り上げて注文などつけてしまい、整備員からは呆れられるなどして煙たられていたが、そんなことはお構いなしにボウィはブライサンダーがピカピカに磨き上げられていく姿を機嫌よく惚れ惚れと見ていた。
 そして、最後の仕上げの燃料補給中、そろそろ終わるとコーヒー片手に満足げに突っ立ってる時だった。
 突然慌てて駆け込んでくる女性の姿が視界に入った。
 その女性と目が会うや、女性は尽かさず近づいてきてはすがるようにボウィに涙目で訴える。
「お願いです。助けて下さい」
「うわぁ、美人」
 助けを求めるその女性は色白で髪の長い金髪の美人だった。
 もろボウィ好みの即席恋心フルスロットル。
 そんな美人の「助けて」に放っておけないボウィは女性をかくまうことになんの疑問も湧かずにすぐ行動する。
 もちろん下心もないとは言えず、男としての希望も心の中に少しは芽生えさせて、正義の味方ぶる。
 ニヤニヤと助けた後のお礼まであれやこれやと想像していると鼻の下が自然と伸びてくるほどだった。

 暫くしてボウィの目の前を黒いスーツを着た頑丈そうな男たち数人がきょろきょろしながら走ってきた。
 あたかも人を探している露骨な様子から、ボウィは状況を素早く飲み込んだ。
「ははん、こいつらに追われてるんだな」
 小声で言ったあと、何食わぬ顔をしてコーヒーを飲みきった。
 追いかけていた男達の一人はボウィをチラリと見たが、その時整備員と会話をしていた姿に怪しげな様子を読み取る事が出来ずその場を去っていった。
 ボウィは支払いを済ませ、何食わぬ顔でブライサンダーに乗り込み男達が去っていった方向と逆に走らせた。
 前を見据えながらゆっくりと走行し、優しい声で呟いた。
「もう大丈夫ですよ。お嬢さん。あいつらはどこかへ行ったみたいです」
「ありがとうございます。助かりました」
 身を低くしていたのをゆっくりと持ち上げながら後部座席から女性が言った。
 ほっとするように息が漏れた後は、不意に自分が置かれている立場にはっとして少し動揺した。
 目の前ではしゃんと背筋を伸ばし、帽子を被ってハンドルを握っている男がいる。
 やや痩せ気味だが、肩幅は広くジャケットの袖を半分まで捲くり、そこに男らしい筋肉質な腕がちらりと見えていた。
 車のルームミラー越しに目があったとき、そばかすが動くほどにんまりと笑顔を見せた表情に親しみと愛嬌が自然と感じられ、安心感と繋がってすぐに好感をもった。
 緊張して硬くなっていた体の力も自然と抜け、後部座席の背もたれに体をもたせかけた。
「何か訳ありだけど、よかったらこのまま家まで送っていこうかい?」
 ボウィの申し出に女性は考えるしぐさをしては黙り込んでいた。
 その沈黙が居心地悪くてボウィは慌てて付け足す。
「おっと別に下心は全くないぜ」
 安心させようと咄嗟に出た言葉だったが、それが自分の耳に入ると、さっきまでいいように想像していた下心に気恥ずかしくなり、余計嘘っぽい台詞に聞こえてしまった。
 それを悟られないようにと軽いノリで笑って誤魔化す。
 ボウィの心の中を読んだように女性はクスクスと笑い、そしてにこやかに答えた。
「別に下心あってもいいわよ」
「ええっ!」
 これにはボウィは驚いた。
 思わずハンドルを持つ手に力が入り、運転を誤りそうだった。
 どんなときにも正確に車を走らせるボウィにとって、運転中に動揺して事故を起こしそうになる自分などありえなかった。
「お嬢さんの方が一枚上手とはこれは参ったぜ。アハハハハハ」
 いつもの自分らしさを取り戻そうと無理に笑ってみたが、正直自分の心を読まれてからかわれているのが落ち着かない。
「いや、ほんと参ったぜ」
 なんとかこの場を凌ごうと突然ツアーガイドのようにこの辺りのことを話題にし始めた。
 まだ後ろでクスクスと女性の笑い声が聞こえると、ボウィはいつも以上に道化役にならずにはいられなかった。
 そんな慌てるボウィの姿は、軽いノリで自分を包み込もうとしながら、内面は純粋で正直な面を引き立てているようだった。
 女性は直感でボウィの良さを掴み、そしてすぐに気に入ってしまった。
 この人といれば楽しいかも。
 そう思うや否や、大胆な思考になった。
「ねぇ、よかったら私と今日一日デートしてくれないかしら」
「えっ、俺ちゃんと!?」
 女性の方から云わばナンパされ、初めてのことにボウィは驚きを隠せなかった。
 あまり驚きすぎて声も出せずにいると、女性が悲しげな声を出した。
「私の事嫌いかしら……」
 がっかりとした落胆な様子が背中越しに伝わってくる。
「いえいえ、そんなこと、あるわけないでしょ! 俺ちゃんでよかったら喜んで付き合っちゃいますよ」
 ボウィは美人な女性から下心OKだのデートしてだのと言われすっかり舞い上がってしまった。
 心臓もドキドキと音楽を奏でるようにはしゃいでいる。
「まあ、嬉しい! 私、ビッキーよ。あなたの名前は?」
「皆は俺のことボウィって呼ぶぜ」
「そう、ボウィ。宜しく」

 二人は老若男女問わず人が一杯集まるショッピング街に降り立った。
 それはビッキーのデートのリクエストでもあった。
「こんなところで何をするんだい」
 ボウィが聞いた。
「私色んな物を見たいの。さあ行きましょ、ボウィ」
 ボウィの手を引っ張って町へと繰り出して行く。
 見るもの何もかも珍しいのか、ボウィが不思議に思うほどビッキーはかなりはしゃいでいた。
「ビッキー、かなり楽しそうだけど買い物とかあまりしないのかい」
 どこにでもある、普段見慣れているものですら手にとって大げさに喜ぶのでつい聞いてみた。
「私、家が厳しくて一人で出かけたり買い物したりすることができないの。だからこうやって自由に好きなところへ行けるのが嬉しくて、迷惑だったかな」
「迷惑だなんて、そんなに喜んで貰えるのなら俺ちゃんも協力するよ」
 子供のようにはしゃぐビッキーだったが、よく見れば気品と上品さがしぐさから伝わってくる。
 かなりのお嬢様に思えたが、それを鼻にかけず素直に反応する様子が却って素朴でかわいらしさが強調されていた。
 ボウィのちゃかしたノリにも快くついてきては、それ以上に大胆にボウィに絡んできていた。
 ボウィの腕を掴んでギュッと抱きつかれたときは、ビッキーの胸が触れてボウィの心もドクッと跳ね上がるように反応してしまった。
「おいおい、ビッキー……」
 ドギマギと戸惑っているボウィの照れ笑いを見つめ、ビッキーはニコッと微笑む。
「私ね、一度でいいからこうやって男の人とデートしてみたかったの。ボウィと出会えてよかったわ。だってあなた優しくて素敵な人だもの」
 ビッキーのその言葉はボウィの頭の中で思いっきり賑やかに弾け飛んでいた。
 暫く二人は見詰め合っていると、ビッキーは首を上げたままそっと目を閉じた。
 下心を想像したときと全く同じ光景に出くわしてボウィの鼻息は荒くなってしまう。
 なんだかその雰囲気に飲まれてボウィも恐る恐るビッキーの顔に近づくが、ほんの寸前でボウィが声を上げた。
「あっ、なんだか暑くなってきたね。ちょっと待ってて」
 ボウィは突然走り出してしまった。
 ビッキーはきょとんとして言われるままその場に立ち尽くしていた。

「お前、なにやってんだよ」
「折角のチャンスを逃しちゃって、あらまーダメな子ちゃんね」
 脳内でキッドとお町の声が聞こえてくる。
「俺ちゃんもわかんねぇんだよ。なんだか妙に震えてしまって、どこかでブレーキがかかっちまったんだよ」
 独り言のはずが、声を大にして叫んでいた。
 周りに白い目で見られはっとして、ボウィは帽子のツバを引っ張り込んで深く被りこんだ。
 またキッドとお町の声が同時に聞こえた。
「へたれ!」
「うっせい!」
 煩わしく答えてみたものの、結局はいいように変換した自分の心の声だった。
 普段女性との付き合いは何でもないと思っていながら、いざ積極な自分に行為を寄せる女性が目の前に現れるとボウィは初めてのことだけに戸惑いを隠せなかった。
 過去に思い焦がれていた女性はいたが、空回りに気が付かず自分の思いは届かずじまいに終わってしまった。
 辛い気持ちから半ば逃げるようにボウィはレーサーには欠かせないスポンサーと名声溢れる居心地のよかった場所を後にした。
 その後も辛い気持ちだけが残ったことで、それを思い出したくないとどこかで自分は女性の扱い方に慣れた男だと思い込んでいた。
 結局は女性の扱いに慣れてない事に面食らうように自分自身戸惑っている。
 出会ってすぐに欲望だけでキスを軽くしてもいいものなのか。
 キスをした後は一体どうなってしまうのだろう。
 あの時、一瞬に浮かんだ疑問がボウィの行動を制止してしまい、その後は続ける事ができなかった。
 自分が意外にも初心だったと気がつくと急におかしさがこみ上げてくる。
 そんな事を気づかせてくれたビッキーとの偶然の出会い。
 ふいにこれが意味するものを考える。
 そして何をすべきなのか新たに目標を見つけた。
「さあて、俺がすべきことはビッキーを今日一日楽しく過ごさせてやることだ」
 そう思うことで、このデートを乗り切れそうな気持ちになるのだった。

「ビッキー待たせてごめん。はい、これ」
 突然ボウィが姿を消したことで不安そうにしているビッキーの目の前にボウィはアイスクリームを差し出した。
 アイスクリームとボウィを交互に見つめながらビッキーはまだ不安げな瞳を揺らしていた。
 自分の起こした行動がやりすぎて嫌われてしまったのか分からないまま、おどおどとアイスクリームを手にした。
「こんなの好きかな。美味しそうだったからつい買ったんだ」
「ボウィ、あの、さっきはその」
 ビッキーは気まずい思いをどうにかしたくて、手渡されたアイスクリームをじっと見つめていた。
「ほんとはさ、俺ちゃんすごく嬉しかったんだぜ。今まで女性からアプローチなんてされたことなかったからさ、こんなチャンスはめったにないって思ったくら いさ。でもさ、その前にもっと気分を高めてからの方がもっと燃えるかなって思って。俺、美味しいものは最後に取っておくタイプなんだ」
 ボウィの言葉がビッキーの耳に優しく届くと、ビッキーはアイスクリームを食べ出した。
「このアイスクリーム以上に美味しいものが最後に待ってるのね」
 ビッキーの切り返しにボウィも自然と顔が綻んだ。
 ビッキーも追いかけられる身に置かれているだけにまたどこかで自棄になって無理をしている。
 そうじゃなければ大胆な行動などとれるはずがない。
 お互い何も無理をすることはない。
 ボウィとビッキーの体に引っ付いていたそれぞれの厄介ごとが剥がれ落ちたように二人は自然と微笑みあった。
「このアイスクリームとても美味しい。ありがとうボウィ。私こうやって歩きながら食べることなんてしたことないから本当に楽しいわ」
「余程の上品な家庭で育ってるみたいだね」
「上品っていうより、異常に近いものがあるかも。とにかく何するのも煩くってさ、うんざり」
「人それぞれだろうけど、構ってくれる家族が居るってだけで羨ましいかも。俺ちゃんなんて生まれたときからずっと一人でさ、施設で育ったんだ」
「えっ? そ、そうなんだ」
 同情するわけではなかったが、どこか聞いてはいけないデリケートな話題に思えてビッキーは気を遣う。
「おいおい、何もそんな申し訳ない顔することないじゃん。俺ちゃん、これでも最高の人生送ってるぜ。過去に名声と名誉も手に入れたことあるしさ、今は素晴 らしい仲間達に囲まれて楽しく気ままに暮らしてるんだ。そしてこうやってビッキーにも出会えてデートなんてしてるし、俺ちゃん最高にラッキーな男かも」
 ケラケラと明るく振舞うボウィの表情は輝いていた。
 その笑顔の裏には辛いこともあったはずなのは容易に想像できる。
 お金に恵まれ欲しいものはなんなく手に入れられた自分でも心底こんなに幸せに笑ったことなどない。
 ビッキーもまたボウィから自分を見つめ直す要素を見出していた。
「ねぇ、今日は普段以上に楽しく過ごしましょ」
 アイスクリームのコーンまで全て食べ終わった後、ビッキーはボウィの手を取って引っ張って走りだした。
「おいおい」
 残ったコーンを無理やり口に押し込みながら、足をもつれさすように慌てて走ってついていく。
 自分が楽しませてやると目標を立てたのに、すっかりリードを奪われて面目なかったが、しっかりと握られた手の感触とビッキーの強引さがどこか心地よく感じられた。

 ビッキーが色んなところに引っ張りまわしたあげくに立ち止まったところは映画舘だった。
「ねえ映画見ない?」
 「うん」と快く承諾すると知っているかのようないたずらっ子が覗き込むみたいな生き生きとしたブルーの瞳が美しい。
「君の仰せのままに」
 ボウイはつい気取ってなんでもいう事を聞く騎士のフリをして大げさに頭を下げた。
 お姫様扱いをされて女性は喜ぶと思っていたが、意外にもビッキーは怪訝な顔をした。
「どうしたんだい? 俺なんか変なことしたかい?」
「えっ…… その違うの。もしかしたらボウィは私に気を遣って無理をしているのかもって思ってしまって……」
「そんなことあるわけないだろ。俺ちゃんだってとても楽しんでるし、ビッキーが楽しんでるから、安心してつい羽目をはずしてしまうのさ」
 ビッキーはまた笑顔を取り戻した。
「そう、それならよかった。ねぇ、ボウィはどんな映画が好きなの。恋愛、アクションそれともサスペンス?」
「俺ちゃん、ビッキーが好きなものならなんでもオッケーだぜ」
「ほんと! 私が決めていいの? それじゃこれ!」
 ビッキーが指さした方向を見てボウィは固まってしまった。
「えっ、ホラー映画」
「やっぱりダメかな。こういうの観た事ないんだけど、噂ではすごく面白いとか聞いてちょっと興味をもったの」
「そっ、そっか、面白いのか。だったら観なくっちゃ」
 真っ赤な血を想像させる背景に、切断されたボディのイメージがデザインされたポスターはみるからにぞっとさせられた。
 正直、冒険活劇や楽しいコメディの方が自分向きだと思いながらも、興味津々とそのポスターを眺めるビッキーを見ていたら自分の意見など言えるはずがなかった。
 やっぱり無理をしているのだろうか。
 だが、どこかでもしや自分を頼りたくてわざと怖い映画をみてしがみつきたいという口実を作りたいのではと考えると、なんだかムズムズと体が反応してくる。
 またここでも勝手に妄想しては、この後ついにイチャイチャへと流れがかわっていくのではという期待が膨らんだ。
 ムフフといやらしい笑みでボウィの顔が緩むと、今度はボウィに積極さが備わって早く行こうとビッキーの手を引っ張っていた。
 
 暗い映画館の中、ボウィは美人のビッキーが側に座ってるだけでドキドキした。
 この後ビッキーは悲鳴と共に自分に抱きついてくる。
 期待とトキメキでワクワクしてくるが、自分がこれから観る映画がホラーである事をすっかり忘れていた。
 ビッキーもまた子供のようにあどけなく物珍しげに前方の装置に見入っていた。
 この時代の映画はすでに3Dの技術を超えて立体感以上に目の前でその現場を見たような本物の世界が広がる。
 画面だけでなく映画館そのものがそのシーンの一部となってシーンに溶け込んでしまい、爆破シーンなどがあれば、同じように座席も動いて風が吹き荒れるのを体感できる仕掛けがなされていた。
 ホラーなどの残酷な血が飛び散るようなシーンも、生ぬるい少量の水がどこからともなく噴射されて返り血の生々しさを演出する。
 そんな中で観るだけに怖さは格別だった。
 そして案の定、襲われて血が飛び散るシーンで誰もが悲鳴を上げ、その気持ち悪さと恐怖が脳天を貫いた。
 その悲鳴の中にはボウィの声も含まれていた。
「ぐえぇ、ひえぇ、ひゃー」 
 ボウィの方が隣に座っているビッキーにしがみつきたかった。
 キッドともし一緒に観てたら、きっと二人で抱き合ってたかもしれないと思えるほど、その衝撃は凄まじかった。
 ビッキーも体をビクッとさせて怖がっているが、その後必ず気が抜けたように笑いが入っていた。
 どうやら映画の怖さよりも、それを演出している装置に緊張させられて、その後は我に返って安心させようと無意識に笑ってしまうのかもしれない。
 人は極度の怖い体験後の後は、緊張感をほぐすように笑えと脳が信号を発することがあるらしい。
 またはビッキーは真のホラー好きで純粋に映画を楽しんでいるだけなのかもしれないが。
 ボウィはそんなことを考える余裕もなく、映画の世界にどっぷりと嵌り込んで存分に恐怖を味わっていた。
 だから映画が終って外に出たときすでに力尽きてフラフラしていた。
 その隣で心配そうにボウィを気遣いながらビッキーが寄り添う。
「ボウィ、大丈夫?」
「ああ、一応大丈夫さ。だけど正直演出のあの装置には参ったけどね。やっぱり怖かったよ」
 もっと強がって平気な顔もできただろうが、ビッキーの前ではそんな無理をしても自分が虚しくなるだけと分かっていたので、ヘラヘラと正直な気持ちで笑ってしまった。
 ビッキーも同じように笑みを返してボウィに合わせるが、表情は憑き物が取れたように晴れ晴れとしていた。
「ビッキーは怖くなかったのかい」
「もちろん、ドキッとはさせられたわ。でも、どうせあれは作り話でしょ。だったら怖くないわ。却って安心して観られて楽しかった。私もっと本当にあった怖い話知っているの。ボウィ、聞きたい?」
 その先を話したそうな目でもあり、実際話してよいものなのか躊躇するような遠慮も見え隠れする。
「俺ちゃん、怖い話苦手かもしんない。ここは遠慮しとくよ。やっぱりあの映画怖かったよ。うへっ」
 ついついおどけてみるものの、かっこ悪い自分に苦笑いになっていた。
 ビッキーはボウィの腕を取って、力強く絡ませるとより一層体を密着させた。
「ボウィってかわいい。そういうところがとても母性本能くすぐられちゃう」
 かっこ悪くても素のままの自分をさらけ出してビッキーに正直に話すボウィの態度は、ビッキーの壷をついてプラスの効果をあげた。
 何が受けるのかわからないものだと、ボウィ自身訳がわからなかったが、素直に自分を引き出してくれるビッキーにはどんどん惹かれていく。
 ビッキーもまた男性と素のままで付き合え、それがボウィのような純粋な男だったからこの上なく楽しく、そしてドキドキと心が心地よく弾む。
 二人はすっかり意気投合して、この後もウィンドーショッピングを楽しみ、時にはゲームセンターに入って本来の自分達の置かれている状況を忘れるままに無邪気に遊んでいた。
 
 息もつかせず一通り遊んだところで、二人は一息つくように街の中をゆっくり歩いていた。
 人工の光は夕方のイメージを映し出し、黄昏の時を演出する。
 元々人工の都市を背負った宇宙に浮かぶ小惑星だが、ビッキーと肩を並べて夕暮れのイメージの中を歩いていると、そこが夢の中に感じてしまう。
 今日一日夢だったのかも。
 そんな現実と夢の狭間の瞬間を味わっていた。
 ビッキーもまた思う存分はしゃぎまわり充分楽しい思いをした後で、陽が暮れて行く物悲しい中でふとボウィをみれば、この時がいつまでも続いて欲しいと願っていた。
 次の日もまた同じようにボウィと過ごしたい。
 次の日だけじゃなく、この先もずっと一緒にいられたら──。
 そんな淡い願いを抱いていた。
 暫く当てもなく夢の中を彷徨うように二人は歩いていた。
 人工の光が夜を招きいれたあとの空の部分はまぎれもない本物の星が輝いていた。
 地球と同じ大気を作り出し、空気を閉じ込める特殊な透明な膜が覆っているだけで、宇宙の中に浮かぶ小惑星の都市だからこそあまたの星が地球で見るよりもより身近に感じられた。
 普段宇宙空間を行き来しているが、誰かと一緒に眺める星々は格別に瞬いているような気がした。
 その揺れ動く星の光は二人を陶酔させる。
「ねえ、ボウィ。こうやって私達歩いてたら本当の恋人同士にみえるかな」
 ビッキーの言葉にボウィはドキドキしつつ、そうでありたいと願いながらもボウィはつい謙遜してしまう。
「いや〜、ビッキーのような美人と俺ちゃんとでは釣り合いが取れてないってもんだよ」
 へりくだってそのような言葉がボウィの口から出てきたと分かっていても、ビッキーはカチッときてしまった。
「あらそんな事はないわ。私はそう見えた方がいいもの。そうなりたいくらいなんだから!」
 ムキになって言い返す、あまりにも積極過ぎる発言にボウィは戸惑ってしまった。
 そして一息ついてから落ち着きを払い、こうなってしまった今日の成り行きのきっかけを考え出した。
 そして静かに語り出した。
「その気持ちは男なら誰だって嬉しいもんだよ。そんな風に思ってくれてあんがと。だけど、なぁビッキー、なんであいつらに追い掛けられてたんだい。ビッキーはそれがあるから少し無茶になってるところはないかい? 今日は楽しかったとはいえ、全てはそこから始まっただろ」
 ビッキーは自分の置かれている状況に現実に引き戻されると同時に、高ぶっていた感情も冷めていった。
 そして観念したと言わんばかりに一つため息をつくと、落とした声で語り出した。
「あの男達は決して悪い人たちではないの。ただの私の監視役なの」
「監視役?」
「そう、私が勝手に家を飛び出したから、慌てて追い掛けてきただけ」
「へぇ、ビッキーはやっぱり良いところのお嬢さんなんだな」
 それを聞いてビッキーの表情は曇っていく。
「私、もっと自由に生きたいの。なんでも親のいいなりは嫌なの。恋だって自由にしたい。親に決められた人生を歩むのは嫌なの。だから家を飛び出してきたの」
「束縛されすぎたら、そう思うのも無理はないもんな。上流家庭は何かと世間に縛られて大変なんだろう。俺は自由過ぎたけど、その分守ってくれる人は少な かった。そのせいで盗んでもないものを盗んだって濡れ衣もかけられたことあったしな。でも一人だけ信じてくれた人がいたから俺は救われたよ。ビッキーの周 りには全てを受け入れてくれて心を許せる人は一人もいないのかい?」
「そうね、友達も好きに作れず、人付き合いは全て親が承認しないといけないような環境ではいないとはっきり言えるわ」
「そんなに厳しい家庭だったのかい? そりゃ息もつまってくるわな」
「でしょ。だから今日、ボウィと過ごせた事がどんなに楽しかったか私の心情を察してもらえる?」
「ああ、納得だよ。だったらこの俺が全てを受け入れてやる」
「ホント? 嬉しい。やっぱりどんなことをしても受け入れて、仰せの通りにって答える?」
「そうだな、そう答えてもいいし、それ以上に俺は何でも願い事叶えてやりたい気分になっちゃうね。ああ、こうなったら折角だ、願いがあるなら俺ちゃんに遠慮なくいっちゃいな。力になるぜ」
「ボウィ……」
 陽がすっかり落ちてビッキーの青い瞳が深みを帯びているが、周りのネオンに照らされることにより、宇宙の星がちりばめられたようにキラキラと輝いていた。
 言葉よりも、目が先に言いたい事を言ってしまうかのようにボウィを見つめた。
 真剣な眼差しはボウィも目をそらせずに見つめ返してしまう。
 二人は賑やかな通り、人が行き交う街の真ん中で暫く見つめあっていた。
 どこかブレーキがきかない感情が寸前まで出てしまいそうなとき、ビッキーの瞳に悲しさの影が映って見えてしまった。
 疑問に思ったボウィの顔もふいに陰ると同時に、ビッキーは顔を伏せた。
「ボウィ、あなたって本当に優しいのね。ありがとう。でも私の本当の願いは誰も叶えられないわ」
「そんなに早く諦めることもないだろ。それはやってみないとわからないじゃないか。とにかく言ってみな、君の願いってなんだい?」
 ビッキーは一瞬躊躇したような葛藤を見せたが、歪んだ顔を見られたくないとその後ははぐらかすように笑った。
 そして強引にまたボウィの手を引っ張って歩き出した。
 ボウィは切羽詰った苦しさを見せられた気分になり、その後強く願いを聞きだすことはできなかった。

 その頃J9基地ではボウィの帰りがあまりにも遅いので皆心配していた。
「ちょっと、ボウィ何やってるのかしら。遅すぎるじゃない」
 談話室でお町は自分の爪のお手入れをしながらぼやいた。
「ああ、確かに遅すぎるな」
 キッドも椅子にだらけて座った状態でテーブルに足を置き、銃を磨きながら答える。
「まさか事故にでもあったんじゃないでしょうね」
「まっさか」
 その時自動ドアが開く音が聞こえ、てっきりボウィかもと思い、二人は勢いよく振り向いた。
 そこにはしかめっ面をして考え込んだアイザックが立っていた。
「あら、アイザックもその表情ではやっぱりボウィに何かあったとみなしてる様子ね」
 さっきまでだらけていたお町だったが、アイザックのよからぬ雰囲気に手元を止めた。
「おいおい、まじでなんかあったのかよ」
 半信半疑ながらもキッドも心配の度合いがやや強に傾き出した。
「さっきから呼び出し音を鳴らしているが、ボウィからの応答が全くない。これは何かに巻き込まれたのかもしれないと考える方が自然な流れだ」
「アイツ何してるんだよ。連絡ぐらいしてこいよ。まったく」
 キッドは呆れた表情をしてみるも、内心気が気ではなかった。
「だけど足になる肝心のブライサンダーもボウィと一緒で行方不明となると、どうやって探すのよ」
 お町もやれやれというように肩をすくめるが、万が一の事を考えると心配度が増していくのだった。
「ふむ」
 考え事を強く秘めて出てしまったアイザックの息が益々キッドとお町を不安にさせていく。
「アイザック!」
 キッドはつい名前を呼んだ。
「仕方がない、ここは船をチャーターしてボウィを探しにいくしかあるまい。メイ、聞こえるか」
 部屋にある通信機のボタンを押すとかわいらしい少女の声で「はい、アイザックさん」という声がスピーカーから聞こえてきた。
「すまないが至急武器を装備した船をチャーターしてくれないか」
「わかりました。すぐ手配してみます」
 だが、急なことで空いている望み通りの船を即効にチャーターするのは難しかった。

 自分が原因でJ9基地では一問答起こってることも知らず、ボウィは目の前の自分の問題に真剣に取り組んでいた。
 夜の時間が支配している小惑星の上。
 その中の人気のない街の片隅で、二人は離れる事を恐れてただ時間が過ぎていく無慈悲な状況にいた。
 二人の時間を邪魔されたくないと、全ての通信の電源をオフにしていたボウィだったが、さすがに何も連絡しないでいることに罪悪感を帯びていた。
 J9メンバーの怒ってる表情が頭に浮かぶと、いいたくない言葉を敢えて切り出さずにはいられなかった。
「ビッキー、色んな事情があるにしろ、何も言わずに出てきたんだ。事情を説明するなり連絡を入れないと、そっちも家の人たちがさぞかし心配しているんじゃないのかい」
 遠まわしに、自分もそうであると言ったつもりだった。
 だがビッキーは聞く耳持たずだった。
「今日は帰りたくない気分なの。ボウィ、ずっと側に居てくれない?」
 美しい女性からそんな言葉を発せられて嫌がる男などいるはずがない。
 だが自分もそろそろ連絡をとらないとヤバイし、きっと根掘り葉掘り聞かれては全てを報告しなければならないと思うと、もうこれ以上一緒にいることは限界に近かった。
「おいおい、帰りたくないって、いくらなんでも連絡入れなかったら家の人が心配するぜ」
「いいのよ、たまには心配したって」
「ダメだ、ビッキー。どんな理由があるかわからねぇが人を心配させるのはよくないってもんだぜ」
「ボウィも結局は私の家の人みたいなのね。がっかりだわ」
 そう言われてボウィは少し悲しくなった。
 どんな事情があれ、結局自分はビッキーを守りきれない頼りない男に思えてしかたがない。
 しょんぼりとするボウィの表情をビッキーは読み取り、何も悪くないボウィに八つ当たりしてしまった自分が情けなかった。
「違うの。ボウィは何も悪くないわ。ボウィだって、ボウィの都合があるもんね。ごめんなさい。私がいいたかったことは、家に帰ればもう今度こそ外に出られなくなっちゃうってことなの。そしたらボウィともう会う事もできなくなるから、だからそれが嫌なの」
「そんなことないよ。また会えるよ。だって俺ちゃんまたビッキーに会いたいもん。親が反対するなら、そのときは力ずくでも説得させちゃうよ。手伝ってくれそうなそういうお節介やきというのが偶然回りにいるんだ。きっと力になってくれると思う」
 ビッキーはボウィの言葉に笑みを浮かべる。
 ボウィなら何かを変えてくれるそんな気がしていた。
「ボウィならどんな事をしても会いに来てくれそうだもんね。私もこのままさよならなんて嫌! いつでもボウィに会いたい。できるならあなたの彼女になりたい。私ボウィが大好きよ」
「うひょー」
 変な驚喜の声が出て、ボウィの顔は赤くなった。
 女性から告白されたことなどあまりない、いや全然なかったと言う方が正解だった。
「お、俺……」
 ボウィは突然の浮き立つこの状況にのぼせ上がってなんて答えていいかわからなかった。
 するとビッキーは服のポケットから丸いコインのようなものを出してボウィに渡した。
「これボウィにあげる。昔から家にあるアンティークなんだけど、あなたに持っていて欲しい」
 金ぴかに光るそのコインには何やら由々しき威厳をもった紋章のようなものがついていた。
「こんな高そうなもの貰えないぜ」
「いいの、ボウィにあげる。今日のお礼よ」
 あの時自分で言った美味しいものを最後にとっておくという言葉が思い出され、ボウィはここで大胆な行動に出るべきか逡巡してしまう。
 しかし、もじもじしてはっきりと行動に移せなかったせいで、ビッキーの方から優しいキスをされた。
 だがそれは頬を暖めるだけの小さな一瞬の触れ合い程度のものだった。
 それが精一杯の気持ちとでも言わんばかりにビッキーは悲しげな色を瞳に添えて深くボウィを見つめた。
「それじゃ私、ボウィの言う通り家に帰ることにする。そうするのが一番良さそうだもんね。ボウィ本当にありがとう。とても楽しかった」
 ボウィは今更ながら少し後悔するも、また次があると望にかける。
 その時は、勇気を出してあんなこともこんなこともやってやるとまた妄想していた。
「家までちゃんと送っていくよ」
「ううん、それは大丈夫。きっとすぐにあの追いかけてきた人たちと合流できると思う。その方があの人たちにも都合がいいと思うの。逃げられた上に、探し出して捕まえられなかったら、あの人たちの仕事の意味がないからね」
「そっか、それならちゃんと家に帰るんだぞ」
 ビッキーは吹っ切れた顔を向けて大きく「うん」と頷いた。
「じゃあ、またね、ボウィ」
「ああ、またな」
 ビッキーの元気な笑顔を脳裏に焼き付けながら、走って去っていくビッキーの後姿に見えなくなるまでボウィは手をふっていた。
「あっ、またねといいつつ、連絡先聞くの忘れちまったなあ。まあ、いいか。あれだけの監視たちがいるんだ。金持ちの家探せばなんなくと探せるか」
 またはビッキーの方から人探しの依頼として、自分を見つけて欲しいと偶然にJ9に頼むなんてこともあるかもしれないと安易に考えていた。
 その時は事の重大性がなんなのか考えることもなく軽々しく思っていた。

 鼻歌交じりにブライサンダーを操縦してボウィがJ9基地に帰っていったものの、そこに着けば怖い形相をしたキッドとお町に取り囲まれ非難轟々と責められた。
「ちょっとボウィ、一体こんな時間まで連絡せずにどこをほっつき歩いてたのよ! 納得いく理由をきかせてよね」
 お町の責め立てる怒り口調が耳障りに言わんばかりに、ボウィは「あちゃー」と顔をしかめた。
 一番の親友ともいえるキッドの顔をみてもコメカミにイライラとした怒りの印が浮き上がって見えた。
「そうだぜ、ボウィ、一言ぐらい連絡しろよ。事故に遭ったんじゃないかって本気で思ったぜ。アイザックなんて船をチャーターして探しにいこうとしたんだ。今となっちゃすぐに船が見つからなかったからよかったものの、もう少しで不要なもの借りて大損食らうとこだったぜ」
 だが、ボウィは怒られようが責められようがめげなかった。
 ビッキーと過ごしたこの日の出来事を思い出すと、顔がニヘラと緩んでいた。
「おい、ボウィ、きいているのか。お前なんかおかしいぞ」
「ああ、キッドさん、なんか言った?」
 ボウィは隠し切れない気持ちが露呈しすぎて、反省する暇がなかった。
 ひたすら不気味にニタッと笑っていた。
「ちょっと、ボウィ、どうしたの? 頭でも打ったの?」
 お町がそう言ってもボウィは夢から冷めやまない夢遊病者のようにふらりふらりと歩き出し去っていった。
 キッドもお町もお互い顔を合わせて不思議そうに見合わせた。

「皆、すぐに集まれ。ポンチョから連絡が入った」
 アイザックはボウィを問い質している暇もないまま、ビジネスライクに放送で皆をモニター前に呼んだ。
 キッド、お町が急いで駆けつけたのに対し、ボウィは遅れてふわふわと現れた。
 一瞬厳しい目をアイザックはボウィに投げかけたが、何も言わずモニターに映ったポンチョに視線を素早く移した。
「ポンチョ、今回はどんな依頼だ。説明願おう」
「はい、分かりやしたゲス」
 アイザックの声にポンチョは素早く反応し、依頼人を即モニター前に連れてきた。
「いえ、今回の依頼はでゲスね、この人の娘さんを探して欲しいんでゲス」
 その男の顔を見てアイザックはすぐに誰だかわかった。
「マンデューク国王」
 アイザックがそういうと一同はびっくりした。
「国王の娘って言えば王女様じゃないの。一体なんでまた」
 お町が言った。
「今、明日の大切な祝福の催しのためにこっちらに来てるんでゲスけど、それが急に王女様の行方が分からなくなってしまったそうでゲス。明日はその王女様の婚約式があるんだそうでゲス」
「お願いです。娘を明日の午後一時までに探し出して欲しいんです。あすの婚約式に出席しないと私の国は大変な事になってしまうんです」
 国王は嘆くようにいった。
「大変な事とはどういう事なんだ」
 キッドが聞き返した。
「私の小さな国は約束を破ったと言うことになり報復を受けてしまいます。戦争など起これば簡単に侵略され国自体がなくなってしまいます。それでは自国を愛する国民に申し訳ないんです。今回の結婚で娘を嫁にやることで国の存亡が約束されるのです」
「ほー、まさに絵に描いたような政略結婚って言う奴か」
 ボウイがしっくりと来ない感覚を持ちながら呟いた。
「J9の皆さん、どうか助けてあげて下さいでゲス。依頼金は1000万ボール前払いでもう貰っているでゲス」
 一同は考えた。
「どうする皆」
 アイザックが仲間の意見を重んじるように問いかけるが、皆の反応はあからさまな政略結婚という話にあまり乗る気が起こらなかった。
「どうする? 皆。どんな事情があれ、私あまり乗り気しないわ。だって王女様はその結婚が嫌で逃げたんでしょ。だったらかわいそうだもの」
 女性の気持ちがわかるのかお町は渋い顔をする。
「そうだよな。嫌な結婚が待っているのにわざわざ探して連れ出すのも可哀想だぜ」
 キッドも否定的な意見だった。
「俺ちゃんもあんまり乗り気しないな」
 なんでも親のいいなりで人生が決められることの辛さを背負った人物を目の当たりにした後では、この話には当然乗れなかった。
「と言う事だ、この件はお引き受けできない」
 アイザックがそういうと国王は泣き出さん勢いで真っ青になり、その後は絶望に打ちのめされてよろめきポンチョに支えられた。
「おっと、危ないでゲス。ちょっとJ9の皆さんそれは冷たいというものではないでしょうか。まるで国王を虐めてるみたいですよ。大人気ないったらありゃしない。成功したら報奨金もあるっていうのにもったいないでゲス」
 結局は金が一番大事だった。
「どうかお願いです。娘のビクトリアを探して下さい」
 涙声ながら必死で訴える国王の表情に一同は苦い顔つきになったが、ボウィだけ「ん?」と名前に反応した。
「国王、ビクトリアっていったけど、一体どんなお嬢さんなんだい」
 国王は藁をもすがる思いで急いで写真を取り出して見せた。
 写真の女性にボウィの目が大きく見開き、「えー!!」と突拍子もない大声を出していた。
「それはビッキーじゃないか!」
「はぁん? ボウィなんで知っているんだ」
 訳ありなボウィの行動にキッドは疑問を持つ。
 突然のことでボウィの声が失われたかのようにどもってしまう。
「あぅ、あっ、あっ」
「おい、しっかりしろよ」
 キッドに背中をバシッと叩かれ、ずれていた何かが元に戻るように正気になり、最後に見たビッキーの笑顔が脳裏を掠める。
 きっちりと家に帰ると約束して別れた後だけに、まだ家に戻ってないことに不安になりだした。
「アイザック、ビッキー、いやビクトリア王女はもしかしたら事件に巻き込まれた可能性があるかもしれない」
 恐ろしいものを見て怯えているようなボウィの瞳にアイザックの眉が微かに動く。
「どういう事だボウィ」
「俺、今日ずっとビクトリア王女と一緒だったんだ」
 その発言に一同は驚きを隠せなかった。
「ええ、ボウィが王女様と一緒だった! うそ〜」
 お町は目をまんまるくして驚いた。
「彼女はちゃんと家に帰るっていったんだよ。約束したんだ。だからまだ帰ってないのなら何かあったのかもしれないじゃないか。俺が彼女をきっちりと送らなかったのが悪いんだ。金なんていらねぇ。俺だけでもこの依頼受けさせてもらう」
 銃の光線が飛び出すようにボウィは部屋を走り去った。
「事情はよく飲み込めないが、ボウィがあの調子だ。政略結婚の話は後回しとして、とにかくビクトリア王女を見つける依頼を受けることにしよう」
 アイザックは早口でモニターに言うと、マントを翻してボウィの後を追った。
 言葉なく目だけでお互いを見合わせてキッドとお町も加わった。
 ブライサンダーに四人は乗り合わせ、J9基地から出動する。
 慌しく操縦しながら、ボウィは目的地に着くまで今日の事を説明した。
「おいおい、ボウィさん。俺たちの心配もよそに、色恋沙汰にかかわっていたんですか」
「キッド、そこはそう責めるところじゃないわ。純情な男心を尊重してあげないと」
「人の気も知らないで、二人ともよくのん気にそんなこと議論できるもんだな。とにかくビッキーが無事なのか確認を急がないと」
 キーっとした苛ついた感情を無理に我慢してブライサンダーを走らせる。
 やれやれと二人は肩をすくめるが、アイザックは違った。
「ボウィ、結局は自業自得だ。ビクトリア王女に会ってたとは言え、早く私達に連絡していたら、また違った道筋があったかもしれない。勝手に行動した故の結果がこうなってしまっただけだ」
 冷静ながらもチクリとさすアイザックの言葉は、まるで事情が分かれば政略結婚を回避して、マンデューク国を救うためにJ9で出来ることがあったかもしれないと遠まわしに言われているようだった。
 悔しさのあまりボウィは知らずと唇を噛んでいた。

 ビッキーはその頃、三人の男達に囲まれて倉庫のような所で拉致されていた。
「まさかここでビクトリア王女に会うとは思わなかったぜ。手間が省けたもんだ。明日の婚約式の直前に失踪を装って誘拐しようと思っていたけど、簡単に事が運んでよかったぜ」
「一体どういうこと」
 手足を縛られ恐怖で体は震えるものの、男の言葉の意味がわからないためにビッキーは咄嗟に聞き返していた。
「明日の婚約式は始めから相手側にその気がないってことさ。最初からあんたの国を乗っ取るための口実なのさ。そうじゃなければ、何もこんな宇宙の果てにあるような 小惑星まで呼んで婚約式なんてあげないぜ。ここなら色んな輩が出入りしている。あんたが失踪しても、誘拐されても、好都合ってことなのさ。とにかくあんたが明日出席しなければあんたの国は我々のもになるって言うこと」
 それを聞いてビッキーは驚愕で、呼吸困難になりそうだった。
「明日の婚約式が取り消しになるまでここにいて貰えば事は上手く運ぶってもんよ」
 ビッキーの表情は悔しさのあまり歪んでいた。
 無理やりの政略結婚も嫌だったが、国の事を思えばという犠牲になる覚悟を決めていた。
 だから最後の日だけは自由になりたいと思い、つい我侭になって飛び出してしまった。
 その後は素直に帰ってこの身の全てを国のために捧げるつもりでいた。
 だからこそ、ボウィと知り合ったとき、それが神様がくれた最後のプレゼントのように思え、自分も大胆になれた。
 運良く出会ったボウィは、外面はおどけていても、稀に見る純粋で素直な内面をもち、一緒にいればすぐに好きになった。
 例え一日の期限付きとわかっていても、最初で最後の恋のチャンスを与えられたと思うに相応しい出会いだった。
 ボウィと別れるのは辛すぎて、あのまま自分をさらって行って欲しいとも思ったが、やはり最後は国民の事を思って腹を括ったつもりだった。
 ほんの短い恋でも、どこかでボウィが自分の事を思い出してくれさえすれば思い出の中だけで生きていけそうな気がしていた。
 そこまで思っていた気持ちを踏みにじられて、国を潰すために自分を利用する事に怒りが込み上げてきた。
 ビッキーはなんとかしなければと思うと、ひっしに体を捩じらせてこの状況から抗いだした。
 必死になっても両手足に固く縛られた縄はびくとも緩まなかった。
「ボウィ……」
 その名前が口から出てくると食いしばって耐えようとしていた気が決壊して涙が止まらなくなってしまった。
 ビッキーの抱いている不安を感じるように、ボウィもまた不安に押しつぶれそうだった。
「ビッキー今どこに居るんだ」
 ブライサンダーのハンドルを握る指先に力がこもる。
 普段は自慢するような気持ちが入り、芸術品と認めていたブライサンダーさえも、のろのろと動くポンコツ車に思えてくる。
 時折気にかけて横を向くキッドや、後ろで自分の背中を見つめるお町とアイザックの視線が自分を心配しているサインだと分かっていてもどこかいらつきを覚えて仕方がない。
 そのボウィの高ぶった神経もブライサンダーに充満して、誰も声を出すものはいなかった。
 ヤキモキする気持ちをかかえ、やっとの思いでビッキーと別れた場所に戻ってきたときのボウィは我を忘れて別人に思えるほどだった。
「ここでビッキーと別れたんだ。ビッキーはあっちの方面へ行ったんだ」
 ボウィの説明に力がこもる。
「とにかく聞き込み調査だ。皆それぞれ場所をあたってくれ」
 アイザックが指示を出すと皆それぞれ動き出した。

 ボウィが必死に探す傍ら、ビッキーは自分でどうにかしようと悲観的だった思いを振り払い、神経を集中して思案する。
 お腹に力を込め、息を一瞬止めた時、悲壮な思いを抱いていたビッキーの態度が開き直り、ビッキーは突然狂ったように笑い出した。
「ねえ、実は私も婚約は嫌だったの。だから逃げ出してのん気に街を歩いてたのよ。国がどうなろうとも私には関係のないことなの。お陰であんた達の計画は私にも都合がいいってことになるわ」
 ビッキーがそういうと男たちは鼻で笑った。
「王女さまよ、あんたも結局はそうだったのか。じゃあそれなら話は早い。罪悪感を覚えることなくこの仕事がこなせそうだ」
 はなっからそんな気などないくせにと心で悪態をつくものの、ビッキーは同じように悪ぶった。
「ねぇ、お腹すいたわ。なんか食べるものはないの。それからちょっと寒いわ。明日までこんな所にこのままいるのは嫌だわ。そうだ、どうせだから皆で遊びに 行かない。あんた達も私のお守りでずっとこんなところにいるのは嫌でしょ。それに私夜の街って出歩いた事ないから、ねえ案内してよ」
 こういう誘拐を負かされる下っ端的な実行犯達にはもしもの事を考える先を読む力がなさそうだった。
 如何にもおつむが軽くバカそうなやつらばかりだった。
 見張りだけだと、仕事を軽んじて酒を飲んで多少酔っ払っていたことも功を奏し、バカな男達は面白そうだと安易に思った。
 ボスでもあるビッキーと婚約をしようとしている男もはっきりいってブ男で大デブだった。
 そんなところに喜んで嫁にいく女性もいないと部下自身感じていたところだったので、ビッキーの言葉は真実性を帯びていた。
 国のためとはいえ、自分が王女の立場だったら逃げ出すと誰もが思っていたからこそ、ビッキーの秘められた計画を見抜くものは誰一人いなかった。
 千載一遇のチャンスにビッキーの顔に笑みが小さく浮かんでいたとも知らず、男達はバーにビッキーを連れて行く。
 行くまでは少しは警戒して、手の縄だけははずさなかったが、バーに入ったとたん、入り口を固めれば逃げだすこともないと、女が弱いものであると決め付けたことが油断に繋がった。
 ビッキーは辺りをキョロキョロ見回して乾坤一擲の勝負に賭ける。
 縄はまだ後ろで手を縛られたままだった。
 だが、必ず外してもらえる一瞬の時がある事を心得ていた。
 トイレに行きたいとただそれを言えば、そのときだけは仕方なく縄が解かれる。
 どのタイミングが一番いいか男達の様子を注意深く観察し、チャンスを伺っていた。
 一人が酔い潰れてうとうとし出し、もう一人が酒に夢中で酒瓶を自分の側から離そうとしなかった。
 だが目はかなり据わっている。
 いくら女性であっても、この状態なら機敏に動ける自分の方が有利に思えた。
 そして最後の一人はバーの片隅でいかがわしい男達と賭け事に励んでいた。
 ツキがまわって利益を上げてることで非常に機嫌がいい。
 今が縄を外してと頼むチャンスのときだった。
 賭け事に夢中になってるときにトイレに行きたいと言うと、折角のツキの邪魔をされたくないために、他の奴に頼めと邪険に扱う。
「だってあの人たち出来上がっていて話が通じないんだもん。大丈夫だって逃げないから。逃げたところで別に行くとこないし、最後まで一緒にいさせて、いいでしょ」
 その時、男の賭けたサイコロの目の数が出て、男は纏まった金を手にした。
「ツキがいっぱいまわってきた!」
 気が大きくなると、簡単にビッキーの言葉を信じて縄を外していた。
「そのツキはきっと私のためにあったのよ」
 ビッキーがそういうと、テーブルにあったバーボンの瓶をおもむろに掴み、男の頭をそれで叩いてやった。
「いてっ、何しやがる」
 ビッキーは手当たり次第のものを投げ、男から逃げようとした。
「騙したな、お前。誰かその女を捕まえてくれ」
 よろけながら回りにいた男達に助けを求め、周りに取り囲まれそうになると、ぱっとお金をばら撒いた。
「あっ、それは俺が賭けで稼いだ金じゃないか」
 ひらひらと札は舞い、コインは撥ねながら床を転がる。
 ビッキーを捕まえる義務などなかった周りの男達は安易に金を拾いだした。
「おい、その金に手を出すな。俺のだ」
 誘拐犯ですら、ビッキーよりも目の前の金が大事だった。
 これで楽勝と入り口に走り寄るが、そこで酔い潰れて寝ていたと思っていた男に腕を掴まれてしまった。
「逃がすか」
 酒を飲んでいた方は飲みすぎて酔っ払っていたが、先に寝ていた方はただ眠たかっただけで酔い潰れているわけではなかったらしい。
「しまった」
 計算が狂ったとばかりに、ビッキーは腕を再びねじ上げられて縄をかけられそうになっていた。
「油断もない奴だな」
 腹立たしさから頬を一発なぐられてしまった。
 これで何もかもお仕舞いという絶望感に襲われたとき、突然バーのドアがあいて、誰かが駆け込んできた。
「ビッキーから手を離せ!」
 声の方を見るとそこにはボウィが銃を構えて立っている。
 容赦なくその銃から閃光が発せられて、的確に男の体の一部を貫いた。
 辺りは騒然となり、クモの子を散らすように周りは逃げ場所を探して部屋の片隅に身を隠していた。
「ボウィ!」
 障害物がなくなった今、ビッキーはボウィの所へと喜び勇んで駆け寄る。
「ビッキー大丈夫かい。もう大丈夫だ」
「ボウィ、よくここがわかったわね。助けに来てくれて嬉しい」
「当たり前だ。俺はビッキーのいる場所ならどこだってすぐに探せるんだ」
 それは本当にその通りだった。
 片っ端から情報を必死に収集し、やっとのことで目撃したという人物に出会いこのバーを見つけ出した。
 無法地帯と言われても、ろくでもない男達に取り囲まれて手を縛られて金髪の女性が夜の街を歩けば目立つのは当たり前だった。
 危機一髪のところを救い出し、責任を果たせた開放感から体の力が抜けるとボウィは少し気が緩んでしまった。
 構えていた銃が撃つポジションを離れたとき、完全に油断していた。
 そこを狙われ、やられっ放しに虫唾が納まらないさっきまで賭け事をしていた男がいきなりボウイの心臓目掛けて銃を放った。
「キャー、ボウィ!」
 ビッキーの悲鳴が広がる中、ボウィは撃たれたショックで崩れてしまった。
 その時、キッド、お町、アイザックも現れ状況を早く飲み込むや否やバーを乗っ取る勢いで銃をぶっ放す。
 バーにいた男達誰もが、J9の強さに圧倒され誰もが早い終結を望んで大人しく息を潜めていた。
 静かになったと同時に、一同は床に倒れこんでいるボウィの姿にまさかと目を見張った。
「ボウィ、まさか本当にやられたのか。嘘だろ」
 キッドはボウイの左胸辺りを命中している傷跡を見て顔を青ざめていた。
「ボウィ、いや、死なないで」
 ビッキーは狂ったように泣きじゃくった。
 その光景をみていると、お町もアイザックもまさかと思う表情をして、顔を歪めていた。
「ん、うーん。あ〜、痛〜」
 ボウィが左胸を抑えつつむくりと身を起こした。
「ボウィっ!」
 一同の声がはもったように重なった。
「大丈夫なのボウィ」
 半信半疑にビッキーは泣き腫らした目を向けて覗き込む。
「不思議なことになんか俺ちゃん生きてるわ。あれっ? でも確かに胸に銃が当たったんだけど。あらっ、血はでてないわ」
 ボウィが自分の胸を確かめると何かが指先にふれた。
 首を傾げ恐々と胸のポケットに手を突っ込めばそこから金ぴかに光るものが出てきた。
「あらまー、こいつが助けてくれたよ」
 それはビッキーがボウィにあげたコインだった。
「ボウィ」
 ビッキーは力一杯ボウィに抱きついた。
 ボウィは嬉しいながらも、仲間達の前では素直に喜べず照れていた。
「あれま、ボウィと王女さまが抱き合ってるぜ」
「あら〜やだ、ほんと。どういうことこれ?」
 キッドとお町が相変わらず茶化すことを忘れない。
「ボウィも中々やるではないか」
 気障なアイザックさえ、参ったとばかりに微笑が口元に現れていた。

 捕まえた男達がJ9に脅されてあっさりと公で暴露したことで、この計画はマンデューク国に知れ渡ることとなった。
 もちろんこの婚約はなかったことになり、そしてJ9の働きで政略結婚を持ちかけた輩達に制裁を加えることで、国も侵略されるおそれがなくなりこの事件は解決した。
 国王も王女を無理やり結婚させる必要はなくなり、安堵をもらしていた。
 J9に渡すはずだった依頼金も、逃亡を手助けたボウィの責任を取ってアイザックがきっぱりと国王の前で断った。
 J9メンバーもそれには依存はなかった。
 だが一人だけぶつぶつと「なんでそうなるんでゲスか」と何度も文句をいう声が後ろで微かに聞こえてくる。
 アイザックが睨みをきかしたことで、静かになったがそれでも影で当分はその愚痴が続きそうだった。
 事件を収束させるために一時慌しく、ボウィもビッキーも充分に顔を合わせられない日々が続いたが、その後全てが上手く片付き、もうここにいる必要がなくなったビッキーはゆっくりする暇もなくすぐに国に帰らなければならなくなった。
 ビッキーを見送りにJ9たちは空港へとやってきた。
 VIP専用の特別ゲートにやってきたとき、すでにもう時間はそんなに残っていそうもなかった。
 「J9の皆さん、助けて下さって本当にありがとうございました。これで国も私も安心です。そしてボウィ、全てはあなたのお陰よ。本当にありがとう」
 お礼を言う王女の後ろで宇宙船がエンジンを噴かせていつでも飛び立つ準備を始めていた。
 そのエンジンの音を聞きながらボウィはビッキーを優しく見つめていた。
「ビッキーこれで君は自由さ。国王も以前ほど束縛しないことだろうよ」
「そうだといいけど」
 くすっと笑いつつも、ビッキーの瞳が揺れ動きボウィを寂しげに見つめている。
 体に力を突然込めてビッキーが真剣に語り出した。
「ねぇ、ボウィ。私と一緒に国に来ない? 私あなたと離れたくないわ」
 もちろんその言葉はボウィにとって嬉しく耳に届いた。
 だが、正直逡巡しては、心は動揺している。
 ビッキーに惚れている事は明確に分かっていても、王女という身分の彼女に素直について行ける思い切った勇気が欠けていた。
「ビッキー、俺さ……」
 ビッキーにはすでに答えはわかっていた。
 分かっていたから後悔のないように、自分の気持ちを正直にぶつけたかった。
 何かを無理に話そうとするボウィの口を塞ぐようにビッキーは心を込めて自分の唇を重ねた。
 はっと驚きつつも、ボウィはその気持ちを素直に受け取り、そっと目を閉じ暫く動かないでいた。
 一瞬、二人の距離が最高に近づいたのに、くしくもそのキスは永遠の別れの証を意味していたように思える。
「私も王女の地位は捨てられないように、あなたもきっと今もってるものは捨てられないと思う。私は私の世界で生きていくように、あなたもあなたの世界で生 きなくっちゃならない。二人の世界が全く別物だから悲しいけど、私達もう会うことはないかもしれないわ。でも私があげたコインは大切に持っていて。唯一私 達の同じ世界を共有するものになると思うから。私はどこにいても幸せになることを誓う。そしてあなたの事はけして忘れない。だって忘れる事はできないんだ もの」
 笑顔をみせるも、ビッキーの美しいブルーの瞳から泉のように水が溢れ出してきた。
 まだ最後に何か言い出したく、唇が微かに動いたが、涙を見せまいとビッキーは潔く踵を返して去っていった。
 ボウィは感情に流されるままに追い掛けようと足が一瞬動いたが、その後は固まったように動けなかった。
 背筋を伸ばして凛として歩くビッキーの後姿が、自分の運を左右する女神に感じられる。
 今手にしなければ一生手にできないだろう。
 それをわかっていながらも、敢えて体は動かない。
 だから大声で、
「ヤッホー、ビッキー、元気でな」
 とおどけて両手を力一杯ふっていた。
 宇宙船のエンジン音のせいで声が聞こえなかったのか、それとも覚悟を決めた上のことだったのか、ビッキーは一度も振り返らず宇宙船のタラップを踏んで姿が消えた。
 あとは無常にドアが閉まり、ゆっくりと滑走路に向かって動いていく。
 ボウィもまた最後まで見届けるつもりもなく、背中を向けた。
 キッドが黙ってボウィの肩を叩き、笑みを浮かべていた。
「おっ、そうくよくよすんなって。俺が側にいるじゃねぇか」
「ばーか、キッドの情けなどいらないってんいうんだ! それに俺は男になど興味ないってんだよ」
「そんなこと言わずに、ほら素直になれよ」
「おい、気持ち悪いじゃないか、腕に手を絡ますな。この野郎馬鹿にすんな」
 ボウィが怒り出すと、キッドは一目散に逃げていった。
 それをムキになってボウィは追いかけた。
 遠い空ではビッキーを乗せた船が宇宙の星と変わらない光の点になっていた。

 数日後、お町が雑誌を手にしてボウィに駆け寄ってきた。
「ちょっとちょっと、この記事みてよ」
 そこにはマンデューク国の歴史とそれに纏わるビッキーがくれたコインのエピソードについて書かれていた。
 それによれば代々伝わるそのコインは王女だけが持つことができ本当に愛した人だけに渡せると書いてある。
「ちょっとボウィ、王女さまは本気だったのね。王女さまの心を盗むなんて、やるわねボウィ」
「そのコインとこれはまた別物さ。俺ちゃんのはまた違うデザインだったぜ」
「えっ、ほんと? ちょっと見せてよ」
「やーだよ。誰が見せるか。きっとこれはもっと価値のあるものに違いない。最近金欠だし後で売りにいってみようかな。でもまがってるから売り物にならないかもな」
「何それ、ロマンもへったくれもあったものじゃない」
 お町があきれるのも尻目に、ボウィは人のいない場所を求めて去っていった。
 宇宙が見渡せる窓越しで折れ曲がったコインをしみじみと見つめていた。
 自分の命を守ってくれ、そしてビッキーの愛が宿ったそのコインをぎゅっと握り締め、最後に言ったビッキーの言葉を思い出していた。
『私があげたコインは大切に持っていて。唯一私達の同じ世界を共有するものになると思うから。私はどこにいても幸せになることを誓う。そしてあなたの事はけして忘れない。だって忘れる事はできないんだもの』
「同じ世界を共有するか」
 そう呟いてちょっと満足げに微笑むボウィだった。


例え身分が違うとも通じ会う心があるだけで幸せな恋といえるだろう。
思いは遥か宇宙をも越えて二人の気持ちはいつも通じ合う。
甘く切ない恋の華。心に咲かせよういつまでも。
ボウィの思いは一輪の華となるなかれ。

おわり

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